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肩に乗る憂鬱

作者: 肩影
掲載日:2026/01/15

この世界では、憂鬱さは隠せない。

人の肩の上に、魔物として現れるからだ。


軽い憂鬱なら、小さなスライム。

通勤電車で見かける程度のものだ。


俺の肩には今、

スーツを着た中年悪魔が座っている。

腕を組み、深くため息をつく。


「……はぁ……月曜か……」


いや、それ俺のセリフだから。



駅のホームは、魔物博覧会だ。


・学生の肩には、机に向かって勉強しているスライム。

 もうすぐ受験なのだろう。


・新人社員の肩には、プレゼンの練習をしているゴブリン。

 取引先との打ち合わせがあるに違いない。


俺の悪魔は、電車が遅れるたびに舌打ちする。


「この遅延、俺のメンタルが持たないぞ」


だからそれ、俺のメンタルだって。



会社に着くと、上司が声をかけてきた。


「おはよう」


上司の肩には、三段腹のケルベロス。

三つの口が同時に吠える。


「進捗!」

「残業!」

「気合!」


上司本人は黙っているのに、

魔物だけがフルタイムで働いている。



昼休み、同僚の佐藤が言った。


「見てくださいよ、俺の」


彼の肩には、小さな魔王。

ホワイトボードを掲げている。


『ストレス』

・上司

・仕事

・上司


「上司、二回書いてるな」

「重要項目ですから」


魔王、几帳面すぎる。



午後の会議。

会議室には、人間と同じ数の魔物がいる。


発言するのは、特定の一人と、

その肩のケルベロスだけ。


あとの人間は、全員置物のように黙っている。


ふと横を見ると、

参加者たちの肩の魔物が、

車座になってトランプをしていた。


人間が思考を止めているから、

魔物も暇なのだ。


「上がり」と言わんばかりに、

スライムがカードを叩きつける。


現実の議題は、一歩も進んでいない。



帰り道、雨が降る。


魔物たちは、濡れると弱くなる。

俺の中年悪魔は、急に縮み、

文句も言わなくなった。


「……寒い……」


「傘、半分貸そうか?」

 

「……ありがとう」


なぜか、礼儀正しい。



家に帰ると、悪魔は肩から降りた。

ソファに座り、勝手にテレビをつける。


「今日はもう、無理だな」

 

「ここ、俺の部屋なんだけど」

 

「じゃあ家賃半分な」

 

「一円も持ってないだろ、お前」


遠慮という概念を、

彼はどこかに置いてきたらしい。



風呂上がり、鏡の前で歯を磨く。

俺の肩は、少しだけ軽い。


憂鬱は消えていない。

でも、ツッコミどころがあるだけで、

だいぶマシになる。


ふと、違和感に気づいた。

――悪魔の肩だ。


スーツを着た中年悪魔の肩に、

小さな、小さな魔物が乗っている。

灰色で、しょんぼりして、丸くなっている。


「……お前、そんなの乗せてたっけ?」


悪魔は、ちらりと自分の肩を見る。


「ああ」

ため息。

「最近な」


「仕事?」

 

「部下」


即答だった。


俺は歯ブラシをくわえたまま、

しばらく考え――

ぽつりと言った。


「……お前も、大変だな」


悪魔は一瞬だけ黙り、

それから、少し肩をすくめた。


「まあな」


悪魔の肩の魔物が、

ほんの少しだけ、軽くなった気がした。



明日も、きっと肩は重い。

世界から、魔物は消えない。


でもたぶん、

誰かの肩を見てやるだけで。

「そこにいるんだな」と認めるだけで。

魔物は、少し軽くなる。

ここは、そういう世界なのだ。


俺は電気を消した。

隣のソファで、

俺の憂鬱が、

大きなあくびをした。

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