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「わらし」と羆

〈山海の珍味より慾し糠漬けよ 涙次〉



【ⅰ】


*「東日本超心理學研究所」所長・町木正實から二度めの呼び出しが掛かつた。じろさん單身仙台へ向かふ。じろさん「今度は何ですか?」-町木「此井さん、『坐敷わらし』の事はご存知でせう。その『わらし』の件で」-「遠野ですかな」-「左様。遠野の老舗旅館『薫風館』からの依頼です」。岩手県遠野地方と云つたら、柳田國男の『遠野物語』で名髙い土地。じろさん「で、『わらし』が何かしでかしたのですか?」-「えゝ、『わらし』は子供にしか見えぬと云ふ云ひ傳へがあり、その『薫風館』(『わらし』の宿と銘打つてゐるだけあつて、子供連れの客が多いんですが)で、『わらし』が子供を脅かすやうな案件が相次いでゐる」-「例へば?」-「突然巨大なお化けに變化(へんげ)したり、惡夢を見せたり... まあそんなところです」-「で、私逹に『わらし』退治をせよ、と?」-「『わらし』は『薫風館』の呼び物の一つです。出來れば穏便に問題を解決して頂きたい、と思ひまして」...



* 當該シリーズ第169話參参照。



【ⅱ】


で、じろさん、カンテラ、テオ(一味一番のテレパス -君繪を除く- であるテオ、『わらし』と對話出來れば、それに越した事はない、との起用である)の3者で、仙台で合流、其処からレンタカーを借りて、遠野に乘り込まう、と云ふ譯である。今回はじろさんは運轉手役に徹した。で、「薫風館」に3名は寄宿し、「わらし」が出て來るのを待つた。



【ⅲ】


「わらし」は程なくして、テオにコンタクトを取つて來た。「オ主ラ、今回ノ件、何モ脊景ヲ知ラズニヤツテ來タナ」-「さうだね。取り急ぎつて依頼主が云ふんだよ。だから、僕なんか(天才猫であるにも関はらず)嫌なケージに入れられて、こゝ迄はるばるやつて來たつて譯さ」-「我ガ云ヒ分ヲ訊イテクレルナラ歓迎スルガ... 宿側ノ云ヒナリニナツテイルヤウデハ、コチラモ態度ヲ硬化セザルヲ得ヌ」-「きみの『云ひ分』とは?」-「熊ダヨ。羆。人里ニ熊ガ現レタツテにゆーすはハ、オ主モ知ツテオラウ」-「餌の団栗が減少したせゐつて聞いたけど」-「ソレモ人間ノ勝手ナ振ル舞ヒニ拠ルモノナノダ。団栗ノ果ル水楢ナドノ天然樹林ヲ伐採シ、建材トシテ役立ツ杉バカリヲ植樹シタセイナノダ」



※※※※


〈疲れても疲れの中に何かあるそれが所謂今日の収穫 平手みき〉



【ⅳ】


「わらし」はかう續けた。「人間ハ何デモ新シイ物ナラ良イト思ツテイル。確カニ新ラシイ世界ハ便利ト云フニ足ルダラウガ、羆逹ニ取ツテミレバ堪ツタモノデハナイ。ワシラ「ワラシ」モ、相次グ新シイ建物ヘノ建テ替へデ、然モ必要ナ儀式モナイ、ソンナ人間逹ニハ愛想ガ盡キタ」-「羆猟つて云へば、秋田県のマタギが有名だよね」-「越境ハ良クアル事ダツタノサ。昔ハ人間ノ食ベル分、毛皮ヲ着ル分シカ狩ラナカツタモノダ。ソレヲ今ヂヤ害虫駆除ミタイニ-」-「で、きみはそんな熊逹にシンパシーを感じて?」-「實ハ『羆ノ【魔】』トモ云ヘル最髙齡ノ者ガ、猟友會トヤラニ撃タレタ。ワシハソノ係累カラ頼マレタノヂヤ」



【ⅴ】


「...と云ふ譯なんですよ」とテオ。カンテラ「うーむ。然しこの儘放つて置くのは、人間にとつても羆逹にとつても、災ひしか齎さないんぢやないかな?」-テ「だうします、兄貴だつたら?」-「地道に説得するしかないよ。人間逹にも羆逹にも。その『羆の【魔】』つて云ふのは、きつと幽冥界を彷徨つてゐるんだらう。『わらし』に取り持つて貰つて、是非會つてみたいね」-「ラジャー。さう『わらし』に傳へます」



【ⅵ】


「『わらし』だつて夢を見るだらう。その夢に潜入しやう」と云ふ譯で、カンテラとテオ、「わらし」が寢靜まると云ふ丑三つ時邊りを待つた。「オ前逹カ、儂ヲ呼ンデイルト云フ者ラハ」-「『羆の【魔】』よ、だうか鉾先を収めて慾しい。人間どもには俺らが云つて聞かせる」-「マヅハ杉ノ植樹ヲ止メル事ダ。ソレ拔キデ安請合ヒハ出來ン」-「OK。何とか止めさせてみるよ」-「約束ダゾ」



【ⅶ】


さうは云つたものゝ、はつきり云つて、それは難題だつた。こんな時、「超心理學研究所」母體の企業が役に立たないものか。カンテラ側を利したのは、母體企業が建設會社だつた事だ。それなら林業界にも睨みが利く。「思ひが天に通じたかな、はゝ」とカンテラ。今度ばかりは彼の剣の腕前も「修法」も形なしだつた。母體企業の渉外担当者に、林業家逹への説明會を開くやう、じろさんがネゴシエイトし、快諾を得た。それでこの一件は終はつた。

「わらし」-「良クゾヤツテクレタ。感謝スルゾ、オ主ラ」-「(單に偶然が重なつたに過ぎないんだけど...)ぢやあ『わらし』さんも子供を脅すのは已めにしてくれる?」とテオ。「約束シヤウ」



【ⅷ】


それで、カネは勿論「研究所」母體企業から下りた譯だが、もしも母體企業が他業種だつたら、と考へるだにぞつとするカンテラ一味だつた。で、ボーナスとして熊肉を一抱へ、一味の他メンバーへのお土産に貰つた一行。悦美はゲーム料理なんか作つた事なかつたので、急遽牧野が呼ばれた。熊鍋パーティだ。牧野「辛子味噌と八角で、中華四川ふうに仕立てゝみました」。テオ「あつたまるねえ。これは羆の體温と云つていゝのかなあ」。お仕舞ひ。



※※※※


〈山鯨鯨食へない現代か 涙次〉



PS: 遠野はさゝめ雪に紅葉の絶景だつた。テオはぶうつく云ひながらも、今回の東北行き、一生忘れる事はないだらう。「わらし」と云ふ友逹も出來たし。


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