97. 和菓子屋ナンパと不穏の兆候
呉服屋を出て、何件か隣に赤い毛氈を敷いた長椅子と、日よけに千代紙が貼られた綺麗な番傘が立ててある和菓子屋さんの前で、ふと玲が足を止めた。
「ちょっと土産買って行くから、ここにも寄っていいか?」
「いいよ~お団子大好き!」
私が言うと、玲は微笑んで私の後ろ頭を優しく撫でてくれる。
なんだこの幸せ。
和むと言うか、癒されると言うか、ほのぼのって言ったらいいのか……!
私はなぜだか頬が赤らむのを感じながら、玲にどうぞと促されて、先にお店の中に入った。……と、すぐに私に気付いた店の若い男の子が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ! 三色団子が出来たてですよ!」
「三色団子いいね!」
玲を振り返ると、そうだな、と頷いている。陳列には、三色団子、おはぎ、米の粉団子、黒糖まんじゅう、紅白まんじゅうなどなど……美味しそうな和菓子の数々が、赤と黒の塗りの器に端正に並べられていた。
「お嬢さんかわいいですね~僕はここの息子で、千歳っていうんですよ~」
和菓子屋の息子だと言う、同い年くらいの千歳という男の子にお世辞を言われて、一瞬私は固まったけれど、気を取り直してにっこり笑って。知らない人からの褒め言葉に、我ながらあまり慣れてない。でもまあ、こういうのは無視するに限るなと、注文を開始することにした。
「ありがとうございます。じゃあ、千歳さん、三色団子を二本と……、
玲、前に米の粉団子が好きって言ってたよね? 夏野の分とかも買って帰るのかな?」
と玲を振り返ると、ぐいっと玲から肩を抱き寄せられた。
「……?」
玲を見上げると、彼は千歳に対して優雅に微笑んで。
「俺の連れに何か用か?」
「……神官の、玲さま……」
千歳は、玲を見つめて見惚れたように息を呑んで沈黙した。そう。いつもの藍色の着物を着て、すっきりと立つ玲は、街を歩いていても行き交う人が振り返るほどの見目麗しさなのだ。
「いかにも。神官の玲だ」
と玲はにっこり。千歳は、失礼いたしました、と言って、ぺこりと頭を下げている。玲はその役職も含めて街のアイドルみたいな存在なんだよね、と思いながら、私はなんだかほっとして、少し息をついた。
「玲は何がいい?」
聞くと、玲は私を見て安心させるみたいに微笑んでくる。それで私はすとんと心が落ち着いている。これこそ魔法みたいだと思う。
玲はそんな私の心情をわかっているのかいないのか、和菓子の陳列を眺めて言った。
「俺は……そうだな。さっき薫が言ってた、米の粉団子をよっつ」
「よっつも食べる?」
「あとで夏野も食うだろ」
「じゃあ、そうしよっか。買って帰って、翡翠宮で食べる?」
「いや、速水邸で食って、夏野には土産。そうだな。米の粉団子は、二個ずつ小分けにしてもらえるか?」
玲の言葉に、さくさくと動く千歳。ここは俺が払うからいいよ、と玲が支払い、私は品物を受け取る。
……と、時折痛むようになっていた腕の傷跡が一瞬、ちくりとした。
気にしすぎかな?
すぐに痛みはおさまって、私は内心ほっとしている。
知らない玲はにこにこしてる。
ちょっと何かの拍子で不安になると、少し遅れたタイミングで腕が痛むときがある気がするな……。
こんなに幸せなのに、ばかだなあ。
(大丈夫だよ、薫。)
私は、少し前に十歳に戻った後に思ったのと同じに、胸の奥で小さな薫を安心させるように語りかけた。
怖いものなんてない。
玲が元気で笑ってる。だから大丈夫、って、そんな風に。




