95. ホームシックでどうしよう?
翌日は土曜日。
以前は玲と乗馬訓練をしていたけれど、ここ数ヶ月は彼の体調の関係で、土曜日はお休みの日が続いていた。
朝ごはんに昨日の残りのスープを食べて、私は綺麗な布巾を半分に折りたたみ、それを三角巾のように、きゅっと自分の頭に巻く。
「大掃除しよう!」
それは、お母さんからの教えだった。
私のお母さんは日髙財閥と呼ばれる企業の社長令嬢として生まれたお嬢さまで、お父さんは養子として日髙家に入った人だった。
黒髪に鋭い目をした長身のお父さんと、茶色でふわふわの長い髪に真っ白な肌をした綺麗なお母さん。そのお母さんに髪質も白い肌もそっくりな、天使みたいな見た目の兄の郁。
私はまっすぐな黒髪で大きな目、どちらかと言うとお父さん似で、内心、郁はいいなあ、かわいくてお母さんに似ていて、と小さな頃から思ってた。
久しぶりに思い出した。
お母さんはその可憐な見た目とは裏腹に、性格は結構はっきりしていて、思ったことはビシバシ言う。
『薫、なんだか気分がモヤモヤするときは、窓を開けて風を入れてね、掃除すると気が晴れるのよ』
綺麗な声も、その口調もそのまま思い出して、私は一瞬涙ぐみそうになる。
会いたいよ。お母さん。
ここ風雅の国と日本をつなぐ道は、玲が神官の力で発現する『通り道』しかないという話だった。でも玲は、それを使って戻って来る時に彼の身体にかかった負荷と、その後の無理が祟り、一月に吐血してしまって療養期間が続いていた。
かなり回復してきたと本人も言っているけれど、玲が完全に元気にならなければ、『通り道』を使って日本に帰ることはまだできない。
それで私は、なるべく日本のことや家族のことは、思い出さないようにしていたんだ。
でも、お母さんの話し方や声をうっかり思い出してしまって、自然に一粒涙が浮かび、私はそれを振り払うようにぶんぶんと首を振った。
違う違う。ホームシックになってる場合じゃないんだよ、薫!
「まずは箒で縁側を掃いて、拭き掃除しよう!」
私は自分に言い聞かせるように独り言的にそう言って、バケツでぞうきんを絞る。そしてテンションを上げようとお気に入りだった曲を口ずさみながら縁側を丁寧に拭いていた時。
「……薫、何してるんだ?」
急に私のハミングに呼応するような、機嫌のいい感じの低い声が聞こえて。
顔を上げると、速水邸の裏口の木戸から、玲が入ってきたところだった。
「あっ、変な格好しててごめんね!」
思わず照れて歌うのをやめて、私はぞうきんをバケツで手早く洗う。
「ちょっと大掃除してたんだ」
それを聞いた玲、小首をかしげるようにして、不思議そうに私を見た。そして、少し微笑んで。
「こっちに来て、もう半年以上も経つんだよな。ストレス溜まってるんじゃねえのか?」
からかうみたいにそう言って笑う玲に、何そのお見通しな感じ……! と思った私、慌てて首を振っている。
「そっ、そんなことないよ! なんか、たまには拭き掃除しなきゃって思って」
うんうん、と優しく頷いて、玲は三角巾をしている私の頭をそっと撫でた。
「明日の日曜日、ちょっと着物屋につきあえよ」
一月に、西羅の呪術で操られてしまった速水の処遇を神殿で決めたとき、私は引き続き速水邸に住むことになった。そのとき、戦がらみの報酬が私にも出るから、それで新しい着物を作ったら良いとなり、それまでに二着ほど自分の着物を作らせてもらっていた。でも、言われてみれば夏用のものはまだ作っていなかった。
「いいね、それ。言われてみれば私、夏用の着物って作ってなかった……」
そう言うと玲は、うん、と頷いて。
「来週、誕生日だろ? 去年、なんだかんだで一ヶ月遅れになっちまったし……今年は薫の好きな色で着物を作ってやるから、明日の朝……そうだな、十時にここに来たらいいか?」
誕生日プレゼントってやつ、と玲はにっこりと笑って、私は感動のあまり、思わずキャーと飛び跳ねた。
そして夜、一行日記にはこう書いた。
『ホームシックな一日。でも玲から着物屋さんへのお誘い、うれしい』と。




