表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/104

90. A love song 2 ーすれ違いのWhite Dayー

再び薫視点です。

 それは三月十三日の金曜日のことだった。


 少し空が(カス)んでいるような感じに晴れた春の朝。私は布団から起き上がって伸びをする。


「なんか夢見が悪かったような……」


 少し身体が重かった。内容は覚えていなかったけど怖い夢だった気がして、朝からちょっと憂鬱な気持ちだった。


「姫教育の勉強してたら、気分転換になるかな?」


 能天気にそう考えて、私は着物に着替える。

 その後、講師役の黎彩(レイサイ)朱鷺子(トキコ)と話しているうちに少し気が晴れて、ちょうどお昼の時間帯。私はいつも通り、翡翠宮の食堂・白龍亭(ハクリュウテイ)に向かった。


 吐血した後、療養期間だった(アキラ)とは、ランチのときに白龍亭で会う日が続いていた。そろそろ私との乗馬訓練も再開すると言われていた頃だった。


 白龍亭の入り口に近づくと、先に来ていたらしい玲、食堂手前の使用人室の前に立っているのが見えた。今日はいつもの藍色の着物姿ではなく、袴姿だ。遠目に見ても玲の袴姿はかっこいいなと思いながら近づくと、彼は掃除係の莢香(サヤカ)さんと談笑していた。


 莢香さんは、私や玲より少し年上の二一歳。掃除や配膳係として雇われていて、すらっと背が高くてかなりの美人。翡翠宮の使用人たちが着ている若草色の着物に、赤い帯締めと帯揚げを締めていて、それがすっきりした彼女の美貌にとても似合っていた。


 バレンタインの日に、私は料理長の桐矢(キリヤ)さんに相談して、玲に本命ランチを振る舞った。その時、食事の受け渡しを代わってくれたことがあった。


 玲が彼女に「よろしく頼むな」と笑ったら、頬を赤くして俯いていたっけ。


 あのときは、私は玲の体調が心配で、そして翡翠と西羅(サイラ)のことが良い方に向かった安心感が心を占めていた。だから特になんとも思わなかったけど、改めて見ると本当に美人だな~と思いながら私はゆっくり近づいた。


 そうしたら、玲が一言、


「……好きなんだ」


 と言っているのが聞こえてきて、直後、莢香さんがぱっと顔を赤らめた。


 好きなんだ?


(……好きって、誰が誰を?)


 私はびっくりして、「え」と思って、思わず反転して手前の(カワヤ)に入ってしまった。



 好きなんだって、好きなんだって、何?

 莢香さんのことを???

 でも、このまえ、吐血したとき、私、玲から「好きだ」って言ってもらって……あれ?



 がーん。と来た。



 黎彩と朱鷺子の講義で薄くなっていた、夢見が悪くて憂鬱だった気持ちがもやもやと蘇る。私にしては珍しくマイナス思考が加速して、厠で手を洗っている内に胸がいっぱいになってしまってた。


 あの告白の日は、玲が倒れて二日目だった。あの時は弱っていて私のことを好きと思ったけど、日々療養している間に莢香さんの良さに気付いたとか、あったのだろうか???


 その悪い想像は、泥水みたいに私の胸をかきまわした。


 どうしよ。ごはん食べれないかも。


 今日は、いつもなら玲の乗馬訓練だけど、まだお休みなんだよね。

 午後はお休み。

 今日はランチは食べずに帰ろうかなと、私はそのまま、速水邸にふらふらと戻ってしまった。


 なんだか私は混乱していた。


 玲と乗馬訓練はしないとしても、私は紅玉に乗って気分転換しようかな。と思い付き、ひとり紅玉に乗って湖の周囲を走らせる。ぜんぜんすっきりしないまま、小一時間して戻ってきたとき、厩舎の前に玲が立っていた。


 やばい。

 どきんと心臓が変に脈打つ。普通の顔で会える自信がなかった。

 そんな私の内心に気付く訳もなく、玲はやさしく微笑んだ。


「ひとりで乗りに行ってた?」


 紅玉から降りながら、どうしよう、心の準備がまだできてない。玲が莢香さんの方を好きになっちゃったら、どうしたらいいのかな、なんて思って、私は沈黙したまま玲を見つめた。次第に指先がつめたくなって、心臓が口から飛び出そうに動悸が激しくなっていた。


「あ、うん。……なんか、ちょっと風に当たりたくなって」


 言いながら、思わず私の目がうるむ。それを見た玲は不思議そうに首を(カシ)げた。


「どうかしたのか?」


 なぜだかがまんできなくて、私は言ってしまう。


「あっ、あのね、玲! もし、玲が他のひとを好きになったとかあったら、言ってね! 私、めいわくは」


 言いながらぼろっと涙がこぼれて、玲はうん? と眉根を寄せる。


「迷惑って何? っていうか、他の人ってだれ?」


「あっいや、ええと、ちょっと紅玉を厩舎に戻してくる……」


 厩舎に入りかけたら、急に手首をつかまれた。


「ちょっとまて」


 私はびくんと震える。

 自分で言ってしまったこととは言え、耐えられるだろうか。そして、玲が他の人を好きになってしまったら、私はがんばれるだろうか? この、知らない世界で???


 さっき一人で紅玉を走らせながら、頭の中をぐるぐる回っていたのはそういうことだった。


 玲につかまれている私の手は震えてた。

 それに気付いたのか、玲は、ゆっくりと私を振り向かせて、少し屈んだ。私は紅玉に少し寄りかかるような体勢になって、でも紅玉はふんふんと鼻を鳴らしてやさしく寄りかからせてくれている。


「なんか、たぶん、おおっぴらに誤解してるんだろうけど……何があったか教えて。言わないと、俺もわかんねえから」


「えっ、ええと、あの、さっき、白龍亭で」


「うん」


「玲が莢香さんに、好きなんだって言ってて、莢香さんが赤くなってて」


「なにそれ」


 玲の声が冷たく響いて、私はもう一度びくんと震える。


「いや、あの、だからちょっと」


「……風に吹かれて、それで、どう思った?」


 私は何も言えずに黙る。玲は軽くため息をついて。私の震えは全然おさまらなくて、それはきっと、手首をつかんだままの玲にも完全に伝わってしまってた。


「紅玉、もう一回走れるか?」


 玲の声に、紅玉、いいよと言わんばかりにヒヒンといななく。


「薫、ここで待ってて。いいところに連れてってやる。それで、その莢香との話の誤解も解く。でもその前に、ひとつだけ言っとく」


 誤解を解くって言った。と思って、私は無言で玲を見つめる。玲は続けた。


「俺が好きなのは薫。この前も言ったけど、それは変わんねえから」


 耳元で流れるように囁かれ、莢香さんよりもまっ赤になるのは私の方だった。



 その後、玲は愛馬の天藍(テンラン)を出してきて、ちょっと回復訓練も兼ねて今日は乗馬に誘おうと思ってたんだと言って、十五分くらい東に行ったところに綺麗なところがあるんだけど、それを莢香に聞いてた、と言われた。


 詳しくは行ってからな、と言われて頷いて、玲の天藍と一緒に紅玉を軽く走らせる。玲は久しぶりと思えないほど楽しそうに天藍に乗っていて、何はともあれ、彼が回復してきたのは本当によかったと私は思っていた。



 行った先は、梅の園だった。赤や白の梅が満開だ。そして公園のようになっているその梅園の入り口では、沈丁花も満開でかぐわしい香りを漂わせていた。


 入り口で馬たちを待たせて、玲は自然に私の手を引いて、土の道をゆっくり歩く。そして、言った。


「あのさあ」


「…………」


 私は黙って玲の声を聞いていた。

 正直、何と言いようもなかった。誤解だったならよかったけれど、一緒に馬を走らせるうちに自分の勘違いがとても恥ずかしいもののように感じていた。


 玲はふてくされたように、続けた。


「悪いけど俺は、それほど移り気な方じゃないから、まず、それを知っといてほしいんだけど。それで、好きなんだって言ってたのは……」


 満開の梅園の中心まで来て、玲はくるりと振り向いて微笑んだ。


「莢香は、この梅園の先の方に住んでるって話で……それで、沈丁花や梅ってもう咲いてたかって聞いたんだ。そしたら、ちょうど今朝、満開だったって言われて。薫が白龍亭に昼飯食いに来たら、馬に乗って行ってみようぜって誘おうと思ってたんだ。そしたら来ないから変だなと思って」


 私はぐっときて、何も言うことができずに玲を見つめている。


「頼むから、勝手に早とちりして、いなくならないでくれ」


 いなくならないで、と言った一瞬、玲の視線がどこか痛そうに揺れた気がした。彼は言葉を続ける。


「薫のことを好きなんだって言ったら、莢香が赤くなった。たぶん俺が、それほど直接的なことを言うって思わなかったんじゃねえのか?

 俺は薫が好きだし……それは、そう簡単に変わるような気持ちじゃないから」


 玲の声が静かに響いて、さわさわと風に吹かれた梅の花の微かな香りが私たちを包むようで、私は涙目で頷いた。玲はほっとしたように笑って、懐から小さな紙に包まれた何かを取り出す。


「そして薫、昼、食ってないんじゃねえのか?」


 私は、ばつが悪いなと思いながらちょっと笑った。


「うん。なんか、Uターンして厠に行って、そのまま厩舎に行っちゃったから、食べてない」


「持ってきてよかった。今日の昼飯、クッキーがついてたんだ。ちょうど二枚ついてたから、食ってねえのかなと思って」


 少し大きめの星形のクッキーを一枚渡される。


「一緒に食おうぜ。飲み物とかないけど……帰ったら白龍亭でお茶飲もう。それで、何か残ってるのがあったら作ってもらったらいい」


 静かに言う玲に頷いて、私はそのクッキーを一口かじった。

 それは甘くて、私はようやく話せるようになって、笑いながら言う。


「ごめん。なんか今朝、覚えてないんだけど変な夢見て、弱気になってた」


 それを聞いて、玲は私の前髪をそっと撫でた。


「大丈夫、大丈夫」


 玲が言うと、本当に何でも大丈夫と思えるから不思議だ。それは恋の力だろうか? ……そうかもなあ、と思いながら私は微笑む。


「あ、飲み物あった」


 玲がふと思い付いたように、たっと駆けて行き、すぐに戻ってくる。

 その手に、大きめのコップみたいな葉に透明な水が溜まっていた。


「この植物はこっちにしかないやつで……甘露(カンロ)の木って呼ばれてるんだけど、雨水と、自分の樹液っていうのかな、それを自力で甘露みたいに変えて、飲み水代わりになるやつなんだ。これがあったの忘れてた」


 先に玲はそれを一口飲んで笑う。


「今のは毒見。飲んでみて。ちょっと甘い水みたいな感じ」


 私は一口それを飲む。やわらかな甘い香りと味が、喉の奥に広がった。


「なんか、ハーブティーとは違うんだけど、気持ちを落ち着ける効能があるって父さんが前に言ってた」


 玲の声に私は笑う。


「ありがと、玲。めっちゃおいしい。クッキーも、この、甘露のお水も」


 玲もうれしそうに微笑んだ。


 ホワイトデーは明日だったけれど、そして無意識なんだろうけど、玲はすごいなと思った。私の不安も憂鬱も、雪がとけるみたいに消えていたから。


 そして私たちは花の中で、なんとなく幸せな気持ちでクッキーを食べて、帰ろうか、と笑った。



読んでいただき、ありがとうございます!

よろしければ評価★★★★★やブクマ、感想をいただけると、とてもとても励みになります♪


3/16(月)から、第二部 呪われ姫と風狼カゼオオカミの王、スタートです!

闇を宿してしまった助け手・薫と、その結果、禁忌を破ることになる神官・玲。光と闇が交わるとき、新たな物語が始まります。


お楽しみいただければ幸いです♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
和風世界は風景が美しくて良いですね( *´艸`)梅の花の下で……って、とてもロマンチックです。 玲の台詞が「いなくならないで」なのが、執着と重い感情が垣間見えるようでドキドキします!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ