89. 流れ星を探そう 6 ー連れ舞のあとー
日本に残っている薫の兄・郁視点のパート6です。
毬花と連れ舞のように舞の動きをなぞっていた一瞬。
ふわりと身体が、風に包まれたような気がした。
そして、目の前に広がった光景があった。
それは、時代劇のような、大きなお寺のような、石が置かれて綺麗な木々と秋の花が咲いている、中庭のような場所で……淡いオレンジ色の着物姿の薫が、藍色の着物を着た玲と何か話して笑っている。
その瞬間の場面だった。
声は聞こえない。僕と毬花は空の上から二人を見下ろすような感じで……ただ、笑顔の二人だけが見えた。
次の瞬間、僕は動きを止め、毬花も停止して、ただ僕を見つめた。
「……見えた?」
そっと問う。
毬花の長い睫毛にふちどられた瞳に涙が浮かんで、そして彼女は黙って、頷いた。
「笑ってました……神崎くんも、薫も、着物姿で」
「……うん。笑ってたね。いま、僕がわかるのは、これだけ」
それだけ言って、僕はふと息をつき、力が抜けてその場に座り込む。
「え、郁さん!」
驚いて一緒に座り込む毬花を、少し首を傾げて見て、僕は苦笑した。
いちばん集中した瞬間に薫が見える感じがあって、そしてたぶんそれは、玲が5 mm くらい浮いて見えたのと似た感じで、時空を超えた場所を見ている気がしてた。
なぜって、その後、舞を止めたとき、疲労度が半端ないんだ。
土曜日に一瞬見えたときもそうだった。おそらく、霊力だとか生命力だとか、見えない集中力みたいなものが注がれた結果、それが見える感じだった。
「こんなに、君の動きとリンクするとも思わなかったけど……こういうことは初めてだから、ちょっと疲れた……薫が見えるときって、集中する分、体力削るみたいなんだよね」
「え、あの、どうしたら」
無意識に、僕の指先は毬花の制服のブレザーの袖、そのボタンのところにほんの少し触れていた。
金属のボタンのそのかすかな触感で、なぜだか正気を保っていられる気がしてた。
僕はゆっくりと、自分でも心の奥に閉じ込めていた言葉を紡ぐ。
「なにもしなくていい……ただ、なんか、このこと……薫がいなくなった気持ちみたいなのを、どうしてか僕は親にもうまく話せなくて、結構つらかったんだってことが、今、わかった……」
毬花はそれを聞いて、無言で僕を見つめる。
僕の母が玲の祖母と連絡を取っていて、薫の自転車は玲のマンションの前、鞄と靴は彼の部屋で見つかっていた。そして形の上では、家族で話した。薫は父さんの出張についてドイツに留学することにしようと。実際、父の出張話は本当だったので、よかったとも言えた。
そして、ほんとうはわかってた。
毬花が薫の不在を聞いてきたとき、彼女の率直さに、僕が明らかに助けられていたこと。
ベッドに凭れるように座り込んだ僕の隣に、毬花はそっと座った。
「寄りかかっていいですよ。きついですよね、そういうとき。
牛乳って大丈夫ですか? ……少し落ち着いたら、ホットミルクか何か淹れてきます」
「……悪いね……」
「いえ、元はと言えば、私がしつこく言ってしまったので、こちらこそ申し訳ないです」
毬花は驚くほど明快にそう言って、僕が寄りかからないなと思ったのか(さすがにそれは憚られた)、飲み物持ってきますね、と席を外した。
薫の友達だなあと僕は思う。たぶん、はっきりしている性格同士で気が合ったんだろう。
そして、僕は思い出す。
中学の期末テスト前だったか……僕はテスト勉強をしていて少し神経質になっていた。順位が落ちたら皆がっかりすると思って、夜中まで勉強してたんだ。
何か飲んでから寝ようと思って部屋のドアを開けたら、そこに薫が座ってた。
「か、薫? 何してんの?」
「寝る前になんか飲むかなと思って。薫もテスト勉強してたから。もうやめたと思って、郁を待ってた」
「……ふうん。じゃあ、牛乳温めてやるよ」
「うん」
レンジでチンして、暖かいマグカップ、お互いの目の前におく。
「……あのさ、郁」
「うん?」
「テスト勉強、黙ってがんばりすぎ」
「なにそれ。薫ががんばらなさすぎなんじゃないのか?」
半分冗談みたいに言ったら、薫が言った。
「弱音吐いたって良いと思う」
僕はびっくりして、薫をじっと見た。薫はお父さんに似ている。まっすぐな瞳とまっすぐな髪。明るくてちょっと短気で素直。でも、その言い方、そのひたむきな感じは、お母さんにそっくりだった。
「だって、それで郁がちょっとでも気楽になるんだったら、薫はそれがいい」
薫は当時、真面目なときに、自分のことを名前で呼ぶくせがあった。それは高校になる頃までには私と言うようになってきたけれど、かわいいなあと思ってた。僕はちょっと笑って、薫の頭をなでた。
「なにすんの!」
お互いだけど、さすが思春期。僕の手を振り払ってくる。
「ありがとな、薫」
僕が素直にお礼を言ったら、薫は真っ赤になった。なんてかわいい僕の妹。
「あのさ、薫」
「うん?」
「薫はつよいから、何があっても大丈夫って、僕は思ってるけどさ」
「……そんなにつよくないよ」
「うん。そうだな、ダメなところもあるけどさ」
「そこまで言わなくていいんだよ!」
「あっは、そうだな!」
「もう~郁兄!」
「ははっ! そうなんだけど……何か、もし、びっくりするくらい、つらいことだとか、耐えられないことだとか、起こったときは……僕とか、お母さんとか、お父さんのこと思い出して」
「…………」
薫がびっくりしたように僕を見た。
「僕も、もちろんお母さんもお父さんも、皆、薫の味方だから」
こくん、と。 薫は、言葉にならない感じで、大事そうに胸にそれをしまうようにして、ただうなずいた。
たぶん、玲がいるから大丈夫とは思ってる。
兄としては悔しいような気持ちもあるけれど、いつも玲が薫を見るときの目は、何よりも大事って色をしていたから。
でも、思い出せよ、薫。
今はこっちから、ちょっと覗くだけしかできないけれど。
見守ってる。そして、助けられるときは、どうにか助けたいと思ってるから。
仄かな甘い香りが漂ってきて、毬花がホットミルクとチョコレートを持ってきてくれた。
僕は、何だか涙が出るような気持ちになりながら、温かく甘いそれを一口飲んだ。
「あの、……毬花、さん」
急に僕が下の名前を呼んだから、目を丸くして、毬花は僕を見る。
「おいしい。
……もし、よかったらだけど。こういう時間を……また、過ごしに来てもいいかな」
恥ずかしすぎて目を合わせられず、熱いホットミルクにうっすらと出来ている膜を見つめながらそう言った僕の耳に、優しい毬花の声がすべりこんできた。
「いいですよ。
私、最近、スコーンを焼く練習してるんです。……よかったら今度、食べにきてください」
僕はほんのちょっと潤んだ目で毬花と目を合わせる。
毬花はそんな僕を優しく見つめて、ただ黙って頷いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第二部は3月中旬から開始したいなと思っております!
2/末から3/中旬まで、"花鳥風月 ー風雅の国異聞ー"の続きを、短編連作として週末に更新します。桔梗と清涼の物語の結末もお楽しみいただけたらうれしいです☆




