88. 流れ星を探そう 5 ー秘密を守れる?ー
日本に残っている薫の兄・郁視点のパート5です。
さて、現実に戻ろう。
榛名毬花は、翌週も三日連続で僕に薫のことを聞いてきた。
でも、大体帰り際に、僕が一人の時を明らかに狙って聞いてくるその感じには、苛々する反面、好感が持てるところもあった。
騒がれたら困ると僕が思ってることを、尊重してくれている?
そんなことを思うのは、僕が甘すぎるだろうか。
でも、そのくるくるの巻き毛も、真摯な瞳も、大声を立てずに、そっと聞いてくるその感じも……僕は知らないうちに、その榛名毬花という子のことが、少し気になり始めていた。
実際、薫が何処に行ったかということは、僕も本当のところはわからないんだ。
小さな時の予感は当たってた。薫はたぶん帰ってこない、って、わかるのはそれだけ。
ただ、先週末、土曜日に自分の部屋で舞の練習をしていた時……窓を開けていて、外からふわりと風が流れ込んできた、その一瞬。頭の奥で、流れ星みたいにきらっと光って、時代劇みたいな和風の景色の中に、着物姿の薫が見えた気がした。
気のせいかもしれない。でも。
僕自身も、薫がいなくなった事実と、秘密にしなければならないしきたりとの狭間で揺れていた。
「郁センパイ」
「……また君か」
自転車置き場での待ち伏せ、先週から数えてもう五回目だ。
一年の校舎の方が自転車置き場に近いから、僕より早く来れるんだろうな……なんて推測しつつ、過去に薫が言っていたことを頭の中で反芻してる。
『毬花のおばあちゃんは日本舞踊の家元なんだって』
その一言を思い出しながら、僕は少し考えていた。
薫が異世界に召喚されたなんてことは、口が裂けても言えない。このことは絶対的な秘密だ。外にバレたら大騒ぎになる。
だから薫は、僕らの通う飛鷹高校が日髙家の系譜に連なるってことで話がスムーズだったこともあるけれど、父さんの出張についてドイツの高校に転入したって話になってるんだ。
榛名毬花が騒ぐのは困る。薫と最も仲良くしていたと思われる、同じクラスの彼女。だけど僕は、この数日、明らかに彼女に惹かれている自分も感じている。
彼女は秘密を守れる人間か?
今までの榛名の印象は、おとなしくて、でも従順なだけではない。薫の不在を僕にひとりで聞きに来れる強さも持ってる。 賭けかもしれないが、でも。
僕だって平気なわけじゃない。
いや、むしろ、強がって両親の前では物わかりの良い長男を演じていても、内心は?
僕の心を守るためにも。
僕は榛名に聞いていた。
「……君は秘密が守れる人間か?」
どうしてか榛名の瞳に涙が浮かんだ。
そして彼女は、はい、と力強く頷いたんだ。
まず、最初に確認する。
「君は日本舞踊が少しわかる?」
榛名はもう一度頷く。
「祖母は教室を開いていて、私も小さな頃から習っています。上手かどうかは微妙なんですが」
素養があるならその方がいい気がしていた。
「僕も小さな頃から舞を習っていて……その舞が、曖昧な言い方で恐縮だけど、君の求めていることと、少し繋がる感じがあって。僕の家だと、母に見つかると微妙だから……どこか、人に見られずに少し舞を舞えるスペースがあるといいんだけど」
日髙家の舞は、内々にお祝いの席などで舞われるもので、他人に見せるものではないという教えがあった。そんな僕の言葉に榛名は頷いて。
「私の家は夕方六時頃まで、祖母以外は誰もいません。稽古場は祖母が使っていたりして使えないんですが……私の部屋でもかまいませんか?」
「君が良ければ」
榛名はもう一度頷き、僕は一緒に彼女の自宅へと向かった。
そのとき、僕たちの中には、少し共犯者めいた気持ちの高まりがあったと思う。
でも後から思うに、それはお互いの心を保護するためにも、必要なことだったんだ。
榛名の部屋は八畳くらいの和室で、箪笥と机とベッドが置かれ、ベッドの上には可愛いピンクのテディベアが鎮座している。そして真ん中に三畳くらいのスペースが空いていた。
「ここで時々、日本舞踊の練習したりもするので」
僕はうんうん頷いている。
「うまく言えないんだけど」
僕は端的に話すことにした。
「僕は、家に伝わる舞を練習したりするんだけど。何日か前に練習していたとき、一瞬、薫が見えた気がした。本当のことは僕にもわからないし、家の秘密に関わることでもある。
でも、君が外で、薫がいなくなったことを騒いだりするのはもっと困る。 ただ……僕には見えたけど、君にも見えるかはわからないんだ。今からやることは一種の賭けだ」
一息に言って、榛名を見ると、彼女はものすごく真剣な瞳で僕を見ていた。
「祖母のお母さん……私の曾祖母が。
生前、神隠しにあった友達がいると言っていたことがあって。
でもその話だけで、詳しいことは聞けなくて。あまりにもでたらめな話って感じもして、クラスの子にも言えなくて。郁さんにだけ、お尋ねしました」
僕はその切実とも言える雰囲気に、少し納得して頷いた。
「ほんの少しでいいけど、窓を開けてもいい?
なんて言うか……風が吹いていた方が、集中が増す感じがしていて」
それは本当のことだった。
自分の部屋で舞っていたときも、気持ちのいい秋の風が入ってきて、僕の集中が研ぎ澄まされた瞬間、薫が見えた感じだったんだ。
彼女は頷き、ベッドの先の窓を半分ほど開けてくれた。
「最初、僕が舞うけど……日本舞踊とは、少し違うかもしれないんだけど」
僕は言葉を続ける。
「そして、カンでしかないけど……ゆっくり舞うから、僕の動きを少しなぞって。何か、リンクするみたいになって、見えやすいかもしれないって、思うんだ」
榛名は頷き、ゆっくりと一礼して舞い始める僕の動きを、さらにゆっくりと追い始めた。まるで連れ舞という、二人同時に行う舞のように。
そして。
彼女が僕の動きをなぞりはじめて、二~三分くらい経っただろうか。
初めてだとは思えないほどに、二人の動きは呼応していた。
一瞬、星が流れるように、僕の脳裏に閃いた場面があった。
同時に、毬花の瞳がきらっと光る。
つながった……!




