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86. 流れ星を探そう 3 ー幼い頃の郁と薫ー

日本に残っている薫の兄・郁視点のパート3です。

 僕、日髙郁(ヒダカイク)は幼い頃から、日髙本家の直系だけが受け継ぐ舞を、祖父に習っていた。

 それは日本舞踊とも少し違う、能楽の舞みたいなもので、日髙家の正月の集いやお祝いの席、家の中やパーティーの時に舞うものとして、受け継がれてきたものだった。


 妹の薫は三~四歳くらいの頃に触りだけ一緒に習ったけれど、何度か練習したあと私はもうやらないと言って、時々僕が練習しているのをきらきらした瞳で見ていた。


 舞の練習のために、幼稚園がお休みの土日なんかに、母に連れられて日髙本家と言われる祖父の家を訪れるのは、幼い僕らの日課みたいになっていた。


 あれは、僕が五歳、薫が四歳の頃のことだ。

 いつものように、祖父の家に行っていた時、その日は舞の練習はしていなくて、僕と薫は中庭で、手毬を投げて遊んでいた。すると、ちょっと変な方向に投げてしまった毬が、奥庭にころころと転がってしまった。その奥庭は、祖父や母から、入ってはいけないと言われていた場所だった。


 でも、夢中で毬を追いかけて、小さな薫が奥庭に入って行った。


 それを止めようとして入り込んだ僕と薫が見つけたものは、澄んだ泉みたいな小さな池と、しんとした綺麗な雰囲気の古い社、だった。

 その社の真ん中には、小さくて綺麗な女性の木像が飾られていた。



 ……なんか、薫に似てる……?



 二人で沈黙してその木像に見入っていたとき。


「何してるの!」


 母の菜子の声がして、僕たちはびくっとして恐る恐る背後を振り返った。

 そこには、ものすごく慌てた様子のお母さんが、立っていたんだ。


 そのあと、ここには入ったら駄目と言ったでしょう! と母に怒られ、べそをかいた薫はそのままお昼寝タイムになって、眠ってしまった。

 僕は、小さな頃から、薫の明るさや快活さ、そしてどこか思い込んだら一直線な性格に、冒険家みたいな未来を切り開く一面を感じていた。


 そして、僕は第一子の男子ということで、舞を習う時なんかに、ほんの少し祖父から、日髙家の秘密みたいなものを聞かされることがあった。

 絶対に口外するな、という言葉とともに。


 日髙家には運命の子が生まれることがあり、その子は異界に行き戻らない運命にあると。


 薫にも言ってはいけないと言われて、それを話したことはない。

 第一子には少しだけ教える決まりだと、じいじは言った。


 幼心に、僕は思ってた。



 でも、みんな基本的に自由に育てるんだって。

 家訓、っていう、家の決まりなんだって。

 他のところに行っても、つよく生きていけるようにって。


 それは、ぼくなのかな?

 ぼくだとしたら、がんばれるだろうか。


 もしかしたら薫なのかな。

 ぼくが、薫を冒険家みたいと思ってるってことを考えたら、それは薫なのかもしれない。



 薫だったら、きっとがんばれる。

 それは、心の奥の奥で、僕が直感的に思っていたことだった。



 その日、薫がお昼寝した後で。

 別の部屋で、文机に向かって仕事中だったお母さんの背中に、僕はふと(モタ)れた。


「郁? どうしたの?」


 さっき、奥庭で緊迫していたお母さんの声は、いつものやさしい声に戻ってた。


「きょう、かおる、奥庭に行っちゃったけど……」


 僕の言葉に、お母さんは仕事の手を止めて、僕の視線を受け止める。


「入っちゃだめなところなんだよね」


「そうよ。あの場所は、行ったらいけないところ」


「……うん」


 僕はお母さんの前に回り込んで、きゅっと抱きついた。そういう風に甘えることが、僕は珍しかったから、お母さんは僕を抱きしめ返しながら、「郁?」と問いかけた。


 僕は言った。


「お昼寝する前に、あいつ、言うんだ。綺麗な女の人の木の像をみた。いつか会えるかも。って」


 僕の背中に回されたお母さんの手がびくっと震えたのがわかったけど、僕は続けた。


「ぼく、薫がいないとさびしい」


 思わずお母さんにしがみついてた。


「だいじょうぶよ、郁。薫はいっしょにいるわ」


 そう言われて、その時はほっとしたけど……でも、心の奥にはずっと残った気持ちがあった。



 薫は、戻ってこない運命の子供かもしれないって、たったひとつのそのことが。



 そして、その数日後。やっぱり母に連れられて祖父の家に来て、中庭で薫と遊んでた。

 僕の中には、うっすらと、奥庭の社のことと、薫のことが心配だという気持ちが忘れられずに残ってた。


 ふと、社の木像のことが思い出されて、僕はぽろりと涙した。

 すると、薫が無邪気に小さな手を僕の頬に当ててきたんだ。


「郁、どしたの? 痛いのとんでけ!」


 僕の頭をなでなでしてくる薫。


 心の中で、僕はお兄ちゃんだから、薫を守らなきゃと内心決意して、薫にぎゅっと抱きつき、きゃははと笑った薫が、「郁、くるしい~!」と抱きつき返して二人で芝生に転がった。


 あの頃の僕たちはまだ、子犬や子猫みたいに小さかったんだ。




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