84. 流れ星を探そう 1 ー残された郁、そして毬花ー
日本に残っている薫の兄・郁視点のエピソードです。
それは、薫が日本からいなくなって、数日後の話。
「……あ、あの! すみません、日髙、郁センパイ!」
飛鷹高校の自転車置き場で、帰ろうとカゴに荷物を載せていた僕は、背後から聞こえた高い声に振り向いた。
誰だっけ、この子。
僕は記憶力がよくて、一度見た顔は忘れない。
長い睫毛に縁取られた透明な瞳と白い肌。お人形みたいな子だ。ふわふわで長い黒髪……天然パーマだったら僕と一緒だ、なんて、ぼんやり考えている。
ブレザーに縫い付けられた小さな名札に、榛名と書かれていた。
ハルナ……ああ。
記憶の中に、薫の隣にいたこの子の笑顔と、そして思い当たる一つの名前があって、僕は彼女の名を呼んだ。
「榛名、毬花さん」
僕の一個下の妹、薫の友達だった子だ。
まずいな。
あまり長く話す気になれなくて、僕は黙って自転車を動かす。
ひらっと自転車に飛び乗った僕を見て、慌てたように榛名は言った。
「待ってください!」
「ちょっと急いでるから。なに?」
冷たいかもしれないが、こっちにも事情がある。彼女を見ないでそう聞く僕に、泣きそうな声で彼女は言った。
「教えてください! ……薫は、どこにいるんですか?」
やっぱり。
予感が当たって、でも騒がれると余計に困ると思って、僕は彼女を振り向く。
そして、なるべく冷静さを装って、言った。
「担任から聞かなかった? ドイツに留学したんだ」
「……うそでしょ……?」
涙目の彼女に、僕は目を細める。
「どうして嘘だと思う」
言った後で、しまったと思った。真相を話せないのに、こういう聞き方はまずかったかもしれない。
すると彼女は言ったんだ。
「今は、海外でも携帯はつながるはずでしょう? ラインも電話も繋がらない、メールも駄目。おかしいです。何にも言わないで、神崎くんが転校して、その数日後に薫も、だなんて」
ざあっと秋のちょっと涼しい風が吹いて、はらはらと彼女の後ろで木々の葉が舞い落ちた。
どこかから、かすかにキンモクセイの匂いがしていた。なつかしくて泣くほど切ない気持ちにさせられる。
もうその理由しかなかったんだ。
僕だって、詳しいことはわかっちゃいないんだ。
薫に会いたいのは、僕も同じなんだ。
心の奥で、いくつもの言葉が浮かんでは消えた。
そして、この涙目の女の子は、そのまま黙って帰ってくれそうもなかった。
どうしようか……。
僕は、ふうとため息をつく。
「……なんにしても、今日は本当に急いでるから、君と話してる時間ないんだ。
そして薫はドイツの高校に編入することになって、家にはいない。僕も会えない。
じゃあね」
本当にそれだけが僕が彼女に言えることだった。
たとえどんなにおかしい話だと思われたとしても。




