81. 星空の舞
再び薫視点です。
五月上旬、翡翠宮で祝宴が開かれた。
玲の体調がほぼ回復したことと、私、薫がこの世界に来たことを祝うためだ。
「あのね、薫。僕、最近、巫子の修行と並行して、清涼さまに笛を習ってるんだ」
少し前、神殿に食材を取りに行ったとき、速水が言った。
それを聞いた私、うれしくなって思わず笑顔になる。そう言う速水が、少し誇らしげな感じもして、少しずつかもしれないけれど、確実に速水の心も、かさぶたができるように補強されていっていると感じたから。
「それって、いつか聴かせてもらったりできるのかな」
すると、速水がこっそり教えてくれた。
「実は、今度の祝宴のとき、玲さまが舞うときに、清涼さまと一緒に笛を吹くんだ」
「わあ。それ、めちゃくちゃ楽しみ」
私が笑うと、伝播したように、速水もにこにこと笑顔になった。
神殿の広間は、色とりどりの花で飾られ、翡翠と西羅、夏野、滝、朱鷺子、黎彩、桔梗さん、そして龍樹さん――みんなが集まっていた。
笑い声と杯の音が響き、なんだか胸が温まる。
私は心のどこかで、玲の姿を探していた。
宴もたけなわ、玲が広間の中央に現れた。
玲は、いつもと違う白い神官の装束をその身に纏っていた。
目の縁に紅と白の線を引いた化粧が、朧げな行燈の灯りに浮かび上がり、外に灯された松明にも照らされて、息を呑むほど美しい。
まるで別の人みたいだった。
「皆さんに集まっていただいて、俺の体調の改善と、薫がここに来たことを祝っていただき、ありがとうございました。病み上がりなので数分の短い舞で恐縮ですが……今日のお礼と、これからのこの国のことを祈って、舞わせていただこうと思います」
一瞬静まり返った広間に、玲の声が玲瓏と響く。
数瞬後、会場がわっと湧いた。
私は言葉もなく見守っていた。白い神官服、初めて見る。
玲の後ろで、僧医の清涼さん、そして速水が小さな笛を吹き始める。
ピイーッと、はじまりの合図のように速水が、甲高い笛の音を響かせた。
その音を聴いて、ほんの少し、玲が微笑んだ。
ああ、玲も、速水のことを喜んでいるんだな。
速水が笛を吹くことを、玲とはまだ話していなかった。
でも、彼の表情でそのことは心の奥にじわりと伝わり、私まで何か安心するような気持ちで玲を見つめた。
速水と清涼さんは、二人合わせて同じ旋律を紡いでいく。
そして玲が、その手に持った扇をゆっくりと開き、音もないうつくしい足さばきで、笛の音よりかすかに拍子をずらすようにして、舞い始めた。
流れるような動き、まるで扇を剣の代わりにして空間を切り裂くみたい。
神々しくて、クールで、玲そのもの。
笛の音と数瞬ずれた動きが、異様なほど心に残る。
たった数分なのに、時間が止まったみたいだった。
私の兄も、祖父から舞を習っていて、練習風景を何度も見たことがあった。
ほんの少し、手の動かし方や足裁きの感じに、私の兄の舞と、どこか通じるものも感じた。
でも、玲の舞は、どこか似たところがあるだけの、まったく別のものとも言えた。同じ木に、春の花のつぼみがほころぶのと、冬に枝を覆った雪が美しい花のように見えるくらいに、それは違った。
魔を祓う、って言葉がぴったりで、見ているだけで緊張や疲れが吸い上げられるように消えていく。不思議と身体が軽くなるのを感じて、私の目には涙が浮かんでいた。
こんな怖いくらいに綺麗なものを、初めて見た。
以前、沙羅の街で玲の舞のことを初めて聞いたとき、夏野が至宝だと言っていた。
この上なく大切な宝物。
宝石みたいに光って、でも冴え冴えとした満天の星空みたいに皆を包む。
私は心に染み入るようなその美しさに打たれながら考えていた。
こんなうつくしいものを継承しているこの人を、私は守らねば。
私もがんばるから。
一緒にいようね。
そんな風に思って……舞い終えた玲に、皆と一緒に、私は盛大な拍手を送った。
第一部完結です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました♪
2月4日から、執政・桔梗と僧医・清涼の連作短編 "花鳥風月 -風雅の国異聞-"を投稿しますので楽しんでいただけたらうれしいです。
本編は2月16日から2月23日まで、日本に残された薫の兄・郁の物語を連載します。
第二部は3月中旬から開始予定です。楽しみにしていただけたらうれしいです!




