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身代わり姫と複雑王子 ー風雅の国ー  作者: MegumiS
身代わり姫と複雑王子
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77. 西の砦へ

 砂地の中にオアシスのように緑の木々があり、その奥に建つ石造りの三階建ての建物が西の砦だった。


 翡翠の街の神殿は灰色の石で作られていたけれど、西の砦は文字通り砂色の、煉瓦のような石が積み上げられていた。産地が違うのかなと、私はぼんやりと考える。


 そして私たちは翡翠に案内され、裏口から砦の中に入った。

 さっきの翡翠の話が、頭の中をぐるぐるとまわっていた。


「私は真砂(マサゴ)に手助けしてもらって、戦乱で記憶をなくしたという話にして、(スイ)という名前の侍女として、西の砦に潜入していたの。


 西羅(サイラ)が少しずつ……何か、少し正常な状態から外れていっていることは、使用人たちもわかっていたみたいで……部屋付の侍女も逃げ出していた状況だったから、比較的容易に入ることができた……。


 西羅の呪術は、彼の家系に伝わってきた技術で……おそらく彼は、自分自身に術を乱用したことで、私のこともあまり見えなくなっているの。声は聞こえるけれど、誰とまでは判別できていないみたい。


 二月に入ってから、ここ十日ほどは部屋にほとんど閉じこもってしまって……声をかけても、あまり反応がないのだけれど……精霊草には幻覚や催眠を解く作用があるから、その煎じた物を飲ませたら、少し症状が落ち着いて、視力が回復するのではないかと思っていて」


 翡翠はきっと、いつでも翡翠宮に帰ろうと思えば帰れたのだ。

 でも、一人でずっと西羅のもとに残っていた。


「正常じゃない状態とは、どういう感じなんだ?」


 夏野(カヤ)の質問に、翡翠は肩をすくめて。


「幻覚が見えて、部屋で暴れたり……お茶を持ってきた侍女の茶器を投げてしまったり」


 私は、少し前になんとなく想像していた野獣みたいな感じだろうかと考えを巡らせていた。


 砂原亭(サハラテイ)で、真砂さんが出してくれた薄荷(ハッカ)茶という、ミントティーみたいな甘いお茶をいただきながら、私は考えた。


 もし、(アキラ)が……もしもそんなことがあって、たった一人で閉じこもってしまって、そこに誰も、いなくなったとしたら?


 玲は吐血して気がついた後でさえ、受け答えはかなりいつも通りな感じだった。

 そんな彼が精神を病むなんて考えづらいけれど。


 でも、もしもそんな風に、彼が異常な状態になるようなことがあったら、私は心配で、とてもそこから立ち去れないんじゃないだろうか。見離したりするだろうか?


 そう考えたら、翡翠がずっと西羅のもとに留まっていたことは、私なりに理解できた。

 私は言った。


「朱鷺子さんが言ってた。翡翠と私はそっくりだから、二人揃っているところを見たら、混乱して、そのことが逆に覚醒を早めるかもって」


「……そうね。薫には申し訳ないけど……私が薬を飲ませたら、私の隣に並んで、西羅の前に立ってみてもらっていい? できれば夏野と(ハヤセ)には、西羅が急に暴れたりしたときのために、私たちを護衛してもらえたらと思ってる」


 私たちは顔を見合わせて、頷いた。



 そして私たちは人気の無い西の砦に案内された。


 翡翠は、夏野から精霊草の煎じ薬を受け取り、その半分を急須のお茶に混ぜる。

 そして、その急須をトレイに載せて、残りが入っている小瓶を私に渡した。


「これは薫が持っていて。二階の奥が西羅の部屋なの。案内するわ」


 彼女は私たちの先に立って、階段を上り始めた。


 小さな窓から光が漏れ入る石作りの階段を、翡翠の後について上りながら、私は聞いた。


「……料理人のひとは、いま、ここにいないの?」


「ちょうど夕方は、市場に買い物に行っている時間帯なの」


「軍の幹部たちはここには入って来ねえのか?」

 と滝が聞く。翡翠は頷いた。


「軍の関係者は官舎に住んでいるから、もともと西の砦には、西羅のお父様と、西羅本人、あとは使用人たちが住んでいたのよね。


 お母様は早くに亡くなっていて。そして、西羅のお父様も二年ほど前に亡くなっていて……西羅と使用人たちだけで暮らしていたみたい。昔は護衛がいたはずなのだけれど、私が来た時には護衛もいなかった。


 軍の幹部には、西羅本人が訓練場の方に出向いた時に指示をしていて……実質、この砦は、西羅と私と、料理人の(ケイ)、その三人が住んでいる状態になってしまったの」


 私たちは頷きながら翡翠の後に続く。

 そして、西羅の部屋と思われる、二階の奥の部屋の前に辿り着いた。


「……ここよ」


 私は思わず、ごくんとつばを飲み込んでいた。

 夏野と滝は、剣を持ったまま黙って私たちの後ろについてくれている。


「ごめんね、薫。怖くない?」


 翡翠の言葉に私は首を振る。


「こういうのは、私は怖くない。本当に怖いのは……戦で誰かを斬ったり、誰か亡くなったり、……皆が怪我したり……玲が病気になったり、そういうことが、怖い。

 どうやったら戦を終わらせられるだろうって、初陣の時からずっと考えてる」


 私の言葉に、翡翠は一瞬、目を丸くして私を見て……そして、静かに微笑んだ。


「助け手が薫でよかったわ」


 翡翠の綺麗な声が耳に響く。

 私は驚いて、翡翠を見つめた。


「どうして?」


 思わず問うと、翡翠は言った。


「薫の勇敢さや、まっすぐさが……きっと、私たちを次の場所に連れて行ってくれると思う」


 ゆっくりと、翡翠がその部屋の扉を開けた。


 私は勇敢なのかな。

 いつもびくびくして、縮こまろうとしている自分を必死で奮い立たせてるんだけどな。


 翡翠の言っていることが、その時の私にはよくわからなかった。

 でも今は、自分を、翡翠を、夏野も滝も、そして西羅のことも信じてみるしかない。

 そんな気持ちで、私は西羅の前に立ったんだ。


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