75. 夜光鳥
再び薫視点です。
私、薫がこの風雅の国に落ちてきて四ヶ月。二月も中旬に差し掛かっていた。
『通り道の負荷』の影響で身体が弱っていたのに、無理を重ねて吐血してしまった玲。
しばらく予断を許さない状態が続いていたけれど、そんな玲の体調も少しずつ安定してきていた。
最初の十日くらいは絶対安静だったけれど、ここ数日は自分で歩いて食堂に行ったり、お風呂に入ったりもできるようになったらしい。
私の姫教育は、玲が倒れて二週間は全体的にお休みになっていたけれど、今週から乗馬訓練を除いて再開していた。
昼食時間に白龍亭という名の食堂で玲に会えることが、とてもうれしい。
玲の顔色はまだ少し青白かったけれど、当初、意識が戻ったときはがらがらに掠れていた声も、弱っていた雰囲気も、少しずつ以前のような優雅さを取り戻しつつあった。
本日のランチは山羊ミルクの煮込み……ちょっと濃厚なクリームシチューだ。
私も玲も大好物で、玲がぱくぱくとおいしそうに食べてるところを見て、食欲もあるみたいだと私が安心して見ていたとき。
「……俺のことがあって、そのままになってたけど……翡翠と西羅のことをどうするか、そろそろ真剣に考えないといけないんじゃないか?」
不意に玲が、隣でお茶を飲んでいた夏野の方を見て、そう言った。
「確かにな。……だが、西の砦に行くにしても、今回は絶対にお前は行かせない」
きっぱりとした口調で夏野が言う。皆、先月末の玲の吐血騒ぎには心底懲りているのだ。
それには玲も素直に頷いた。
「行きたいところだが仕方ない。俺は真面目に留守番してる」
「真面目に留守番ってなんだって感じだが……不真面目に留守番するなら、どういうことになるんだ? まあ、とにかく安静でお願いしたい」
玲を横目でからかうように見て、夏野が笑う。そんな夏野に、玲も少し微笑んでいる。
私はこんな風に皆で、ちょっと笑ったりできる時間が戻ってきて、本当にうれしいと思っていた。
夏野が言った。
「実は今週になってから、桔梗と話して、俺の夜光鳥を西の砦に飛ばしてみた」
ヤコウチョウ?
玲は驚いたように夏野を見て、私は意味がわからなくてぽかんとして夏野を見つめる。
夏野は私の様子を見て、ああ、と頷いて続けた。
「薫は見たことがなかったか。夜に光る鳥と書いて、夜光鳥という鳥が東軍にはいて……俺と翡翠が持っている。神殿にもいるな。西軍にいるという話は聞いたことがないが……。鳥は普通、夜目がきかないが、夜光鳥はその名の通り夜に身体が光って飛ぶことができる」
「……薫の世界で言うと、テレビか何かで見たけど……伝書鳩みたいな感じだ。それが夜は淡く光る」
玲が例を挙げて説明してくれて、私はなるほどと頷く。
「翡翠の夜光鳥は、彼女の部屋に残されていた。そして、その鳥は、場所を座標的に指定して飛ばすことができる……翡翠の所在がわからなければ意味はないんだが……仮に西の砦にいるとして、二~三日前に飛ばしてみたんだ」
「何か手紙は持たせたのか?」
と、玲が問う。伝書鳩みたいなものだから、手紙のやり取りができるらしい。
「あまり詳しく書くと足がつくからな。『俺が誰だかわかったら返事をくれ』とだけ書いた」
「翡翠だったら、夏野の筆跡はわかるだろうからな。他のやつが見たら暗号同然だな」
玲が笑う。
私はあっけにとられてその話を聞いていた。
「それで、返事来たのか?」
煮込みの最後の一口を食べながら玲が聞くと、夏野は頷いた。
「ついさっきな」
「……大進歩だな」
感心する玲に、夏野は頷く。
「翡翠の筆跡で、『精霊草が必要』ときた」
私たち三人は、顔を見合わせる。
玲が言った。
「……翡翠は北の森に行ったことがなかったはずだからな……さすがに単身でそれを取りには行けないってことか。必要と言ってくるってことは、西軍には無いんだろうし……持って行ってやるしかないってことか」
夏野も頷いて。
「午後から緊急会議を開こうと思っているが……玲はどうする?」
「そんな楽しいこと、出ないわけがない」
「え、でも体調は?」
私が聞くと、玲は微笑んで言った。
「万全じゃねえけど……翡翠宮の中を歩き回れるくらいには回復したから大丈夫。小一時間だろ? 終わったらまた寝とく」
私は頷いて……寒いといけないからと思い、途中で治療室に寄って綿入り半纏を借りてきて、玲に羽織ってもらうことにした。




