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身代わり姫と複雑王子 ー風雅の国ー  作者: MegumiS
身代わり姫と複雑王子
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74. 番外編 / 春の夜の夢の如し ー龍樹ー

玲の父・龍樹視点の番外編です。

十五年ほど前、玲が二歳のとき、玲の母・奏が亡くなった直後の、龍樹視点でのエピソードとなります。

 俺がこの国に来て四年目の春の夜。

 北の森で(カナデ)が亡くなった。



 翡翠宮の裏、少し開けた場所に、軍人・黎彩(レイサイ)の指揮で軍の若手たちが、奏を埋葬してくれた。

 その墓に、出発前にひとりで参りに来たら、桔梗(キキョウ)がぽつんと座ってた。


 執政(シッセイ)の桔梗。

 俺と同じ二六歳、若いが淡々と実務をこなす、この国の政治になくてはならない人材だ。


 ぱっと見は女かと見間違うほどの美麗さだが、いつも無表情で、笑ったところも泣いたところも、それまで俺はほとんど見たことがなかった。


「……龍樹(リュウジュ)


 俺に気付いた桔梗が、墓の前に座っていた姿勢から立ち上がる。

 後ろでひとつに結んだ長い髪がさらりと揺れる。薄い灰色地に紫の模様が入った比較的地味な着物が、かえって桔梗の整った容姿を際立たせていた。


「……俺は行く」


 低く言った俺の声に、小柄で身長が158 cmくらいしかない桔梗、驚いたように俺を見上げた。


「どこに?」

 俺はおどけたように首をかしげる。

「さあ……とりあえず(アキラ)と国中を巡って、呪いに効く薬草を見つけたら持って帰ってくるさ」



 日本で大学の薬学部を卒業して、親父の製薬会社に勤めていた俺は、突然あらわれた奏から、薬師としてここに呼ばれた。


 風雅(フウガ)の国。

 神官の奏。

 想像のはるか斜め上を行く、ぶっとんだ世界だ。


 そして、呪いに侵された北の森で奏が息絶えたのは、つい最近のことだった。



 俺と奏の間には、息子の玲が生まれ、二年半が経過していた。

 ここ三~四年の幸せは、ここが呪いだの戦だの、危険すぎる世界だったにしても、その幸福は、俺が今まで得たことがない種類のものだった。


 今となってはあれは、夢か幻だったのかなと思うくらいだ。




 俺は、戻る時期は決めていなかった。

 奏の思い出しかないこの街に、その時の俺はとてもじゃないがいられなかったんだ。



 つめたくなってしまった奏を抱えて翡翠宮に戻ってきたとき。

 夜になろうとしていた。

 心情的に正門から入れなかった俺は、翡翠宮の裏口から入ることにした。


 するとそこには、散りかけの桜、その花びらが、はらはらとただ美しく舞っていた。


 春の夜、松明の明かりに照らされて白く浮かび上がった桜と、風に踊る花びら。

 それは幻想的で、夢みたいに綺麗で……俺の心の奥底に、たくさんの花びらが降り積もり、沈殿していくようだった。


 夢だと思いたかった。


 正直言って俺は今後、夜桜は見ることができねえんじゃねえかと、つくづく思う。





 どこに行くか明言しなかった俺をじっと見て、しばらくの沈黙の後、桔梗は言った。

 相変わらず真顔で、奏の墓を見下ろして。


「……では、私はここに、毎日……、花があるときは花を、ない季節は何か飲み物や果物を、お供えしますね」


 言われて……いつもほとんど感情を見せない桔梗に、抑揚のない声でそう言われて、俺の頬には涙が伝ってた。


「……たのむ……」


 俺のしゃがれた声に、桔梗は驚いた目を向ける。


「なぜ泣くのです」


「おまえの気持ちに胸打たれたんだ……」


 手の甲で涙をぬぐって、俺は呟くように言った。




 その時、ぱたぱたと後ろから、小さな駆け寄るような足音がした。


「ぱぁぱ!」


 奏の姉の紅羽(クレハ)さんに連れられ、まだ二歳の玲が駆け寄ってきた。

 この国にパパとかママとかいう言葉は無いが、俺と奏は面白がって、玲にパパ、ママと呼ばせていた。


 俺は微笑んで玲を抱き上げる。玲が時々、紅羽さんの娘でこの国の姫である翡翠と一緒に、桔梗の執務室で遊んでいたことは、紅羽さんから聞いていた。


「玲、……桔梗としばらくお別れだ。ばいばいしな」


 玲はきょとんと桔梗を見て。

 次の瞬間、にぱっと微笑んだ。


「きーきょ、だいすき! ばいばい!」


 今度は、桔梗の瞳に涙が浮かぶ番だった。



「……なるほど。……胸打たれるという気持ちが、初めてわかりました……」



 そして桔梗は玲を見つめて、一瞬言葉を失うほどやわらかく、微笑んだ。


「……玲。龍樹を頼みますね」



 玲、わかっているのかわかってねえのか知らねえが、にっこり笑う。


「あい!」


 そして片手を上げて返事をした。

 俺はそんな玲がいとおしくて、頭をわしゃわしゃと撫でる。きゃあ! と笑う玲の笑顔。ほんとうにこいつは宝物だ。


 すると、桔梗が俺の名前を呼んだ。


「……龍樹」


「ああ」


「決めました」


「なにを?」

 俺は首をかしげて聞いている。

 

 すると、桔梗は俺をまっすぐに見て、静かな声でこう言ったんだ。


「私の実務能力は群を抜いていると、玄奥僧医が言っていました。

 抽象的な言い方になりますが……できるところから、強くしていきます。


 私は巽将軍にお仕えしながら、今後もこの国の政務に励みます。そして、奏の命を奪ったような呪いが……なくなるとは思えませんが、玲が神官になったとき、もう二度とこんなことが起きないよう、人材を育成し、政治基盤を整えます」


 その確固とした宣言とも言える言葉に、俺はしばらく桔梗を見つめ……そして、頷いた。




「……頼りにしてるぜ」




 桔梗はもう一度微笑んで。


「おまかせください」


 俺は頷き、そして、幼い玲と一緒に、翡翠宮を後にした。


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