73. 玲の告白
吐血した翌々日の朝。
薫が速水と一緒に、俺の部屋を訪れた。
コンコン、とノックの音が2回して、俺は目が覚めた。
軽やかな音の感じでわかる。たぶん薫だ。
思ったとおり、部屋の入り口の扉が静かに開くと、そこには淡いオレンジ色の着物を着た薫が、心配そうな目をして立っていた。 隣には速水も見える。二人とも部屋に入るのを躊躇しているのか、そのまま立ち尽くしてる。
「……薫……? 速水も、……入れよ……」
俺は、横になったまま、ゆっくりと指だけを動かして、二人を手招きした。
二人とも少しほっとした感じで、俺の枕元に近づき、そばの椅子に並んで座る。
速水は元気そうにしているが……ちょっと見ただけでわかる。寝込んでいる俺ほどではないが、薫の目の下に隈ができていること。眠れなかったのかもしれないなと、俺はぼんやりと考えた。
薫が小さな声で言った。
「玲……気分は?」
「……だいぶいい……」
薫が死ぬほど心配していたことが、その弱い声の色からも伝わってきた。 速水は、最初は元気そうに見えたが、目に涙をいっぱいに溜めている。
たぶん、すぐに見舞いに来ると俺が体力的にきついと思ったのかもな……。そして、二人とも、もしかしたら一人で来るのが怖かったのかもしれない。心の準備が必要だったのかもしれないなと、俺はなんとなく考える。
「……ごめんな、二人とも……」
怖がらせて、心配させた。
俺の言葉に、薫も速水もこくこくと頷く。
「玲さま、……気がつかれて、よかったです……。
僕は、神殿の修行に行かなきゃいけなくて……少し、お顔を見たかっただけなので、もう、お暇します。清涼さまや、玄奥さまにも、玲さまのご様子、お伝えしておきます……!」
一生懸命に涙をこらえて言う速水に、俺は少し微笑む。
「……玄奥と、清涼に……あまり心配しなくていいと、伝えてくれるか……?」
昨日の父さんと夏野の様子から見ても、俺を六歳から育ててくれた僧医の二人も、かなり心配しているだろう。それは楽に想像できた。
速水、「はい!」と元気よく頷いて、一礼して部屋を出て行く。
その背中を見送った後、薫が小さな声で、言った。
「……速水、ここ二日、里帰りって言うか……おうちに泊まってたんだ。
清涼さんが、速水も玲のことが心配だろうから、昨日までお休みしていいって言われて。
それで、今日、行く前に……玲の顔を見て、清涼さんたちにも伝えたいって言うから……一緒に、」
そこまで言って、ぼろっと薫の大きな瞳から涙がこぼれた。
俺は薫の細い手に、そっと自分の指をからめる。
それで知る。彼女の手が震えていることを。
「……ごめんな、……心配させた……」
俺の声に、薫はこくんと頷く。
「……一昨日は、びっくりした……。
でも、龍樹さん……玲のお父さんだよね? 来てくれてよかった……」
俺は頷く代わりに目を閉じる。
ぱたぱたと、薫の涙が腕に落ちるのを感じて、俺は再び目を開けた。
「……も、大丈夫だから……泣くなよ……」
「だって、玲」
怖かった、と言いながら、俺の手をそっと持ち上げて、薫は自分の額にくっつける。
一昨日、父さんもそうしてた。
俺は一昨日気がついた時に続いて、やたらとほっとしている自分を感じる。
心配するかなと思って言わなかった、いや、言えなかった結果がこれだ。 俺はきゅっと薫の手を少しつよく握った。
「……薫、」
視線をあげて、俺を見る薫。
その目からは、涙が止まらずにぽろぽろと零れている。俺はふと微笑んで、言った。
「……好きだ」
こんな弱った姿で、好きだと伝えるなんて、反則かもしれなかった。
でも、言わずにいられなかった。
大事なんだ。だからこっちに戻って来る時に、日本から連れて帰れないと思った。
あまりに大切すぎて、速水救出の時も北の森行きの時も、危険を顧みずに動こうとする薫を何度も叱った。
でも。
夢の雪を消してくれた。
勝手に孤独を感じて、こじらせまくっていた俺の心を、笑いかけて話しかけて、溶かしてくれたのは、薫だった……。
「あのさ、」
俺はそっと薫に囁くように、言った。
薫は、うん? と首をかしげて、俺のことを覗き込むように見る。
「俺、……決めたから。
通り道の負荷で、吐血してしまったら、その後は絶対安静が必要で……、巻物を読んだ中には、あまり長く生きられなかった前例もあるみたいだったんだけど……」
薫は驚いて目を見開き、息を呑む。俺は薫を安心させるように、もう一度きゅっと彼女の手を握った。
「……でも、決めたから。
絶対、おまえのために、俺は生きる……。
だから薫も……不安だったり、俺がこうやって寝てたら心配だったり……、すると思うんだ、これからも。
でも、いつも、どんなときも、これだけは知っててほしい……。
俺は、誰よりも、おまえのことがいちばん大事なんだ……」
薫はぽろぽろと泣きながら、何度も何度も頷いた。
1月24日(土)は、若き日の玲の父・龍樹視点の番外編を掲載します。




