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71. 玲と夢の雪 ー薫ー

 桜の花びらが舞っていた。


 薫と初めて会った入学式、飛鷹(ヒダカ)高校の裏門の前。


 薫の顔が翡翠にあまりにも似ていたので、俺は言葉を失って薫を見つめていた。客観的に見たら多分、かなり変な感じだったろうと思う。


 薫は少し首をかしげ、にっこり笑ってこう言った。

「入学式ですか? こっちですよ」と。

 俺はたぶん、薫が微笑んだあの時から、徐々に薫に心を奪われていったんだと、今では思う。



 入学式の後、同じクラスとわかり、ホームルームというものが終わって自然な流れで一緒に帰ることになった。薫は自転車通学だったが、俺が日本で住んでいたマンションを通り越して、1キロほど行ったところに家があると言っていた。


 俺は、薫に会った瞬間、彼女が風雅の国の『助け手』に違いないと直感的に思っていたが、それだけではなく、初めて会った日に、考えられないほど自然に一緒に帰宅することになって、自分でもかなり驚いていた。



 今まで俺は、幼なじみで従姉弟の翡翠と、お互いに気心の知れた存在としてずっと接してきた。

 翡翠は静かで怜悧なうつくしさを持つ少女で、幼い頃からその瞳の奥には、どこか憂いとも言える、彼女の運命に対するかなしみみたいなものが垣間見えた。


 でも薫は、翡翠とは真逆の人間だった。

 顔がそっくりだったから、余計にその違いが際立ったと言ってもいい。


 くるくると表情を変えて快活に笑う。

 鈴みたいな声でずっと話しかけてきて、それがまったくいやじゃないどころか、むしろ心地良いと感じるほどだった。


 俺は自分自身が、この日髙薫という少女に強烈に惹かれていると感じて、別れ際に少し微笑んで言っていた。

「……明日から、一緒に学校に行かないか?」


 薫はぱっと光る笑顔を見せて、

「じゃあ私、明日の朝、八時にこのマンションの前まで来るね」

 と、言った。


 そうして、俺たちは一緒に通学することになったんだ。




 入学式から一ヶ月弱が経過して、五月。

 日本には連続休暇があるという話で、やっと休憩できると思っていた帰り道。薫が聞いてきた。


「玲、ゴールデンウィークって何するの?」

「明日からの休み?」

「そうそう」

「あ~なんか、休憩するかも。新生活、結構盛りだくさんで疲れた……」

 

 この三月四月は、俺にとってはかなり怒濤の期間だった。

 薫と知り合って妙にわくわくする反面、まだ何も知らない薫に、風雅の国のことを感づかれ不安にさせたりしてはいけないと、かなり気を張って過ごしていた。

 この一ヶ月弱で、薫が大変に直感が鋭いことを見抜いていたことも一因だった。


 マンションの前で薫と別れ、部屋に入った途端、それまでの疲労ががつんと押し寄せてきたように感じて、俺は玄関ドアにもたれたまま、ずるずると座り込んだ。

「……大変すぎた……」

  思わず独り言的に声が漏れた。


 あ~頭ぐらぐらする。薫に気付かれなくてよかった。たぶん、ちょっと熱が出てる。


 それはそうだろう、と内心で思う。 初めての学校、初めてのスマホ、初めての自動車や自転車やバイクに電車、初めての英語……初めてづくしだ。


 神官の勉強で身につけた優雅な微笑みでどうにかごまかしてきたつもりだが、薫が感づかなかったことだけがある意味救いだった。いや、他のクラスメイトたちもか。


「俺は運がいいのかもな……」


 言いながら力尽き、どうにか靴を脱いでベッドに制服のまま寝転がった。ネクタイは苦しいから外して、ベルトも外して……もうだめだ。寝る。 そのまま、俺は布団にくるまって、眠りの淵に落ちていった。




 俺は夢の中にいた。

 周りを見回すと、また自分が雪に埋まっていこうとしている。

 すげえ寒いな……。



 ふとんにくるまって震えていたら、ふわりと優しく、誰かの手が額に触れる感触……。

 昔、父さんがこうやって手を当ててくれたことを思い出す……今、ここにいるはずないのに?

  薄く目を開けると、祖母の有果(ユカ)が心配そうに俺のことを覗き込んでいた。


「……ばあちゃん……?」

 祖母は言った。

「ラインに返事がなかったから、いつも玲はすぐ返事をするのにと思って来てみたの。この二ヶ月、あんまりにもがんばっていたから、具合悪くなってたら良くないと思ってね。……来てよかったわ」

 俺はぼんやりとした頭の中で、そういえば祖母ともラインというものでつながっていたなと思い出す。


「卵がゆ作ったから、少しお腹に入れた方がいいわ。……食べれる?」

 祖母の優しい声に、俺は頷いて。

「そこに体温計置いたから、熱はかってね。……体温計って知ってる?」

「いや、初めて……」

「そうよね。頭のところのスイッチ押して、脇に挟んで45秒」


 俺は頷いて、制服がしわしわだ……着替えなきゃな。と思いながら、言われた通りにしてみた。

 しばらくしてぴぴっと音がして、脇から外すと、38度。

 横から祖母が覗き込み、あらら、と言った。


「結構上がっちゃったわね。おかゆ食べたら薬飲みましょう」

 俺はもう一度頷いて、おかゆをたべはじめた。 優しい味がしみわたる。

「ばあちゃん、すごく、おいしいです……」

「そう? よかったわ」

 その夜は祖母が泊まると言ってくれて、俺はほっとして夢も見ないで眠ることができた。



 翌朝。

 結構遅い時間になるまで寝ていて、熱が少し下がって楽になってきた俺は、良い匂いがしてきた感じがして目を開けた。

 すると、目の前に、心配そうに俺を見つめる大きな瞳……。

 なんで薫がここにいるんだ?

 少し遠くの小さな台所の方では、祖母が何か調理しているのが見えた。


「……薫……?」

 俺は驚いて、ゆっくり起き上がった。


「……あ、大丈夫だよ、そのまま寝てて……」

  いつになく、そっと小さな声で俺のことを制する薫に、俺はなんだか少しほっとして微笑んだことを覚えてる。


「いや、もうかなり楽になってるから大丈夫なんだ。でも……なんで薫、いるの?」

 俺が思わず笑ったら、薫はそれに少し照れたのか俯き、そっと言った。

「ちょうどここの前にいたら、玲のおばあちゃんに会って」

「……そっか……。なんか寝てて悪いけど、ゆっくりしてって」

 それだけ言って、俺は心底安心して、また眠りに引き戻された。



 ばあちゃんが雑炊を作ってくれて、俺は一度起きて、薫も一緒においしく食べた。そして祖母は一度家に戻ると言って帰って行き、俺はもう一度横になる。



 ひどく安心してうとうとしていたはずの俺は、少し寒さを感じて、いつの間にか雪の夢を見ていた。

 降りしきる雪、俺の身体はどんどん埋まっていく。


 神殿に預けられた六歳の頃から、俺は何度となくその夢を見続けていた。

 親友の夏野(カヤ)が『次は暖炉の夢だぜ』と言って、最初の頃みたいな吹雪ではなく、はらはらと舞う程度にはなったけれど、夢を見ることは止まらなかった。


 体調が悪かったり、たまに何か落ち込むようなことがあると、その夢が来る。


 またか……と思いながら、俺は身体を抱くように縮こまり……ふと、遠くから、何か少し高い声で音楽が聴こえてきた感じがして、それと同時に、踊るように舞い散っていた雪が止んだことがわかって、驚いて目を開けた。


 そこでは、昔父さんのものだったらしいモネの画集……それを眺めていた薫が機嫌よく、何か歌を口ずさんでいた。



 ……薫の声で、夢の雪がやんだ……。



 呆然と、俺が薫を見つめていると、ふと薫が気付いて俺の方を見た。

「あ、起こした? 思わず歌っちゃってた……」

 しまった、という感じで、ちらっと舌を出す薫。

 俺は微笑んで。


「薫」

「うん」

 きょとんとした顔で俺を見る薫があまりにかわいく見えて、俺はそのまま、自分の本心を口にした。




「好きだ」




 呆然としたように沈黙して、薫は俺をじっと見る。

「……私も……」

ぽろりと薫の瞳から涙が一粒こぼれて、俺は驚いて身を起こした。

「……泣くなよ」

そのまま、ベッドに座るような感じになった俺は、そっと薫を抱き寄せて薫の涙に、そして唇にも軽く口づけてた。


 その後、二人でふふっと笑って、風邪がうつるかなと言い合った。

 薫が帰る時にも、なんとなく離れがたくて手をつないで玄関まで行って、薫の額にもそっとキスしてた。薫の目に再び涙が浮かんで、俺は苦笑いして「だから泣くなって」と言った……。


 薫は言ってた。

「うれしくて涙が出るなんて、初めて知った」と。




 そうだ。




 俺は、日本から風雅の国に戻ってきて以来、ずっと『通り道の負荷』のことが気になっていた。

 実際に体調もあまり良くなかった。

 もし、俺が倒れたり、いなくなるようなことがあるならという気持ちが、いつも心の奥にあった。

 

 心配するからと、父さんには一度、空いた時間に戻ったことを知らせに行って以来、会っていなかった。


 そして俺は、薫がこっちに来ているとわかってからずっと。


 時々薫と手をつなぐことはあっても、それ以上のことをすることを、薫に触れることを無意識的に避けてきたんだ……。










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― 新着の感想 ―
つまり、つまり体がよくなったら薫といちゃついてくれるってこと……ですねっ!?自分の都合の良いように解釈するスタイルです!笑
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