67. 駆けつけた龍樹
その時、玲の部屋の扉が勢いよく開いた。
「玲!」
掠れた低い声が響いて、玲にそっくりな白髪混じりのおじさんが駆け込んできたのはその時だった。
少し伸びた髪を、後ろで縛ってる。清潔な白地に薄いグレーの模様が入った着物を着ていて、鋭い目元が玲と瓜二つだ。でもどこか旅の匂いというか……何にも縛られないような、自由な雰囲気を感じた。
「龍樹さん!」
朱鷺子が、彼の名前を呼ぶ。
この人が、玲のお父さん。
その顔立ちや、すっとした立ち姿、あまりにも似ていて、そうとしか考えられない。
そのたたずまいに、初めて会うのにどこか懐かしさを感じている私がいた。
龍樹さんは慌てた様子で言った。
「黎彩に聞いた! ……玲、絶対に助けるからな!」
龍樹さんの声は震えていた。
玲の急な吐血に対する動揺も、焦りも、そして玲へのかけねのない愛情も、すべて内に含んだような、切迫した声の響きだった。
彼は一瞬私と目が合い、だれだろう、という感じでじっと見つめた。
私は、呆然としたままぺこりと会釈するけど、言葉なんて出てこない。 彼はすぐに玲のそばに跪き、荷物から薬草の束を取り出す。
「朱鷺子、清涼、何か飲ませたか? 状態は?」
鋭い質問に、清涼さんが、
「少し楽になるかと、月夜草を煎じたものをさっき飲ませました。最初よりは呼吸が楽になっています」と言う。
続けて朱鷺子が、
「聖水で浄化と止血を試みたけど、月零草はまだ乾燥したばかりで今煎じてます……!」
と答えると、龍樹さんは
「わかった、俺がやる」
と即座に朱鷺子と交代した。
その手つきは静かで、そしてとても速かった。
まるで魔法みたいに、薬草をすり潰し、聖水と混ぜて煎じ始める。動きに迷いがまったくない。知識と経験のすべてが彼の指先に宿ってるみたいだった。
「玲、絶対に治すからな」
龍樹さんが呟く声、玲の声にどこか似ているけど、もっと深い響きで、玲への愛情にあふれていた。
私は部屋の隅で、息をのんで見守る。しばらくして龍樹さんは、持ってきた粉末も混ぜ合わせた薬湯を、慎重に玲の口元に運んだ。
「さ、出来たぞ……飲んでくれ、玲。少しずつな」
彼のハスキーな声は、聞いている誰もが安心するような、力強いけれど優しい響きを宿していた。
私はただ、目を閉じた玲の横顔を見つめていた。
起きて、玲。お願い……!
数分後、玲の顔に、ほんの少し赤みが戻ったように見えたその時。
ふうっと長い吐息とともに、閉じていた瞳がゆっくり開く。その唇も、震えるようにして、ほんのわずかに動いた。
「……とう、さん……?」
かすれた声で、玲は龍樹さんに声をかけた。
部屋の隅でただ見ているだけだった私の目から涙があふれる。
よかった……。
「玲さま!」
速水が泣きながら呟き、朱鷺子が安堵の息をつく。
龍樹さんは玲の手を握ったまま、それを自分の額にそっとつけ、はあっと息をついた。
「よかった、玲……。もう、大丈夫だからな」
その声は少し離れた場所にいる私にもわかるほど、震えていた。
「さすがは龍樹さんだ」
と夏野が静かに言う。
そんな夏野に龍樹さんは軽く頷いて、ふっと笑った。
「夏野、朱鷺子、ありがとな。これで少しは安心だ」
軽い口調になるけど、彼の目はまだ潤んでいた。
私は龍樹さんにそっと会釈して、言葉はないまま一度部屋を出た。
そのまま部屋の中にいたら、ほっとして号泣してしまいそうだった。
玲が生きていることだけで、今は十分だった。
部屋の外で待っていた滝が私に気付き、
「玲、生きてんのか?」
と聞いてきて、私は頷く。
「……龍樹さんが、……助けてくれたよ……」
思わず、ぽろりと涙がこぼれ、滝が慰めるように私の頭をぽんと軽く叩いた。
「よかったな……」
「うん。滝。よかった」
私は滝と別れ、少し落ち着こうと、寝起きしている翡翠宮の隣の速水邸へと向かった。




