62. 楽しい旅路と新月の夜
北の森への薬草採取の旅は、当初、玲に内緒で行こうとしていた。
でも詰めが甘かったのか、玲にバレてしまった。
結局、玲は北の森近くの宿まで私たちに同行し、そこで私たちが薬草を採ってくるのを待つという話でまとまった。
翡翠宮から北の森までは、馬で約二日半。馬車だと少し遅くなるという話で、当初の予定より半日遅れて、十九日の夕方、私たちは北の森麓の宿に到着した。
道中は、驚くほど楽しい旅だった。
二頭立ての馬車で、滝が御者役、夏野は単騎で馬を走らせる。
冬の北風がかなり冷たいので、昼食は夏野も滝も馬車の中に入って、わいわいと楽しく翡翠宮や町の宿屋で用意してもらったお弁当を食べた。
玲は気分転換になったのか終始笑顔で、滝の御者も上手く、私は馬車の中で玲の隣に座っていて、和やかな雰囲気で北の森まで来ることができた。
そして出発して三日目の夕暮れ。
霧が立ちこめる森の入り口近くに、簡素な丸太造りの宿がぽつんと建っていた。
新月ジャストは今日の明け方だったらしい。月零草は新月前後の数日間、花を咲かせるとのことで、ひとまず玲と荷物は宿に置いて、夏野と滝、私の三人はすぐに森に入ることにした。
「夏野、滝、……薫。くれぐれも無理して怪我したりするなよ」
玲が真剣に私たち三人それぞれを見て、言う。
三人とも頷き、私は笑顔で言った。
「玲、月零草と、精霊草、摘んで帰って来るから……部屋で休んでて」
玲はかすかに笑う。
「ああ。……絶対無茶はするなよ、薫」
その言葉に私はしっかりと頷く。夏野が元気づけるように玲の肩をぽんと叩いて言った。
「玲、俺たちが失敗すると思うか? 大丈夫だ。必ず手に入れて戻って来る」
玲はそんな夏野を見て、素直にうん、と頷いて。
「玲が宿のベッドでいい夢見てる間に戻って来るぜ。楽しみにしとけよ」
いつも通りの軽口を滝が言って、玲は小さく、よろしく頼むな、と呟いた。
そして私たちは森に足を踏み入れた。
「月夜見の泉は森の最奥だ。霧が多少薄くなると良いが……その前に、こっちが先だな」
森に入ってすぐ、夏野が足下に群生していた精霊草を見つけて、私たちはそれぞれの皮袋にそれを入れていく。
「あまりたくさん取り過ぎるなよ。絶滅させたらまずいからな」と夏野。
私たちは頷き、しばらく黙って精霊草を採取し、再び森の奥へと進んだ。
これで、西羅の自己暗示を解くための精霊草は手に入れた。
あとは、今回の最大の目的だ。通り道の負荷で弱っている玲の体を回復させるための薬草、月零草を、森の最奥の泉で採取する。
北の森は、事前に聞いていた通り、霧が深く不気味な感じだった。
たくさんの大きな古木がそびえ立ち、冷たい霧が漂ってくる。
新月のいま、月光は届かず、淡い星の光が木々の隙間から見えるだけだ。足下は湿った土と落ち葉、苔むしていてすべりやすい。
「気をつけろよ、薫。月も出てねえし、霧は深くなってくるし、足下見えねえからな」
滝が大声で言ってくれて少し元気が出てくる。
「滝、急に風狼が出る可能性もあるからな。お前も油断するなよ」と夏野。
「おおよ。風狼が出てきたら、俺がぶった切ってやるぜ!」
威勢良く滝が言って、先に進んでいく。
私は剣を握りしめ、足下に気をつけて歩みを進めた。
森の一番奥にある、月夜見の泉に向かって進むにつれて、霧が濃くなり、遠くで狼の遠吠えのような音が響く。
私は深呼吸して、身構えながら、周囲を確認しつつ進んで行く。
「気をつけろ、薫。風狼は奥に多くいるからな」
夏野が低い声で教えてくれる。滝は刀を構え、鋭い視線を左右に巡らせながら先頭を進んでくれている。その時、突然、霧の向こうから低いうなり声が響き、次の瞬間、黒っぽい灰色の影が飛び出してきた。
風狼!
馬の半分くらいあるだろうか。犬や想像していた狼よりも大きな獣だった。その目は赤く光り、鋭い牙が見えた。
「薫、下がってろ!」
滝が刀を振り上げ、私も剣を構えたけれど、まさに風みたいに走ってきた風狼、私の左腕に鋭い痛みが走る。
「……っつ!」
前に速水に切られたところとほぼ同じ箇所だった。
少し深い傷が開いて、血が滴った。
「薫!」
夏野が私の名前を叫び、杖から剣を抜いて風狼の脇腹を狙う。
続いて滝が一閃、物凄い速さで刀がひらめき、狼の首を切り落とした……! どさりと獣が倒れ、身体がくるくると風に巻くように霧散した。
「……夏野の杖……」呆然と呟く私に、夏野は頷く。
「俺の杖は隠し刀になってる。……大丈夫か?」
夏野が手持ちの薬草を素早く取り出して応急処置をしてくれる。
滝が息を切らしながら言う。
「……こいつ……でかかったな。今まで倒した中でいちばんだぜ……薫、大丈夫か?」
腕の傷は痛んだけれど、私はなんとか頷いて。
「大丈夫。ぜんぜん平気……泉に向かおう……!」
考えるべきは玲の回復だ。
座り込んでいた私、よろめきながら立ち上がる。そんな私の腕に、夏野が手早く包帯を巻き、処置を完全にしてくれた。
「思ったほど深くはなかったな。薫、ここに置いて行くわけにはいかないからな。頑張れ。泉に急ごう」
私たちは霧の中をさらに進む。
しばらく行くと、ぽかんと空いた小さな空き地に辿り着いた。
そこには、静かに澄み切った水が湧き出す、月夜見の泉。
そして泉の周囲に、淡い紫色に光る小さな花々……月零草が咲いていた……。




