60. そして秘密はバレる
速水邸の囲炉裏部屋で、夏野と滝と北の森行きの打合せをしていたとき。
背後からの静かな声に振り返ると、玲がそこに立っていた。
いつものクールなその瞳が鋭く光る……正直言ってあまりのことに、私の心臓の音は外まで聞こえそうだった。
なんでバレた……?
「玲! これは別に……」
滝が慌ててごまかそうとするけれど、玲の視線は私たちから動かない。
「……玲、体調は……?」
「そんなことはどうでもいい」
私の問いに、吹雪級に冷え冷えとした玲の声。
どうでもよくないんだけどな。
それを今言うと怒られそうな緊迫した空気がその場を支配していた。
玲は草履を脱いで囲炉裏の部屋に静かに上がり、私が手に持ったままだった地図をするりとその手に取って、言った。
「……夏野に用事があって青の間に行ったらいなかった。湖の方を見たら、通常、鍛錬してるはずの薫と滝もいない。怪我でもしたのかと治療室に行ったが、朱鷺子だけだ。それで朱鷺子を問い詰めたら、……北の森に秘密で行こうとしてるって話、全部聞いてきた」
その、感情を押し殺しているような抑揚のない話し方。
めちゃくちゃ怒ってる……。
「北の森は風狼が出て危険すぎるだろ……。月零草と精霊草? こんな危ないこと……」
地図に視線を落とした玲の瞳が、痛そうに揺れた。
その表情を見ていてわかった。怒ってると言うより、心配してるんだ。私たちのことを。
「玲の体調を回復させるのと、西羅の暗示を解くには……月零草と、精霊草が必要って話になって……しかも、月零草は、新月の夜にしか」
私が言いかけた時、夏野が途中で遮る。
「俺が単独で行く予定だった。薬草知識で言えば俺が適任だ。薫を巻き込むつもりは……」
「そういう話に俺が入らない訳ねえだろ? 風狼は俺が倒し慣れてる」
続けて滝が静かに言う。
緊迫している時、滝は落ち着いて静かになる。
でも、その瞳の奥に燃えている炎のような熱さを、その言葉の奥に皆が感じていた。
玲は私たち三人がたたみかけるように言ったことに、一瞬驚いたみたいだった。
でも、すぐに抑えた声で尋ねる。
「……当人の俺を置いて、そんな危険な場所に行くことを、俺が良しとすると思うか?
大体、夏野も滝も薫も不在で、いきなり西軍が攻めてきたらどうするつもりだった?」
「南の谷での戦から、まだ一ヶ月しか経っていない。そして西軍兵士の方が深傷を負った。
単発で速水や薫を攫うことはできたが……大がかりな戦なんて、まだ西軍からは仕掛けられない。俺たちが北の森に行くなら、今しかない。そしてお前の状態も正直、悪い」
そう。今日も玲の顔色は良くないのだ。冷静な夏野の声に、沈黙が流れた。
その静かな騒音を……胸の鼓動も、心の中で叫んでいる私の声、助けたいんだよ、というその声も、何もかもを言葉に込めて、私は言った。
「言わなかったのは……玲は、身体がきつくても、私たちが行くって言ったら、絶対に自分もついてくるって言うよね? でも、往復で一週間も馬に乗ったら……どんなに天藍と玲が仲が良くても、疲れて具合悪くなっちゃうでしょ? それを避けたかったんだ……」
私の言葉に、玲は黙って目を伏せる。
「……薫。俺が今、弱ってるのは本当のことだ。でも、おまえや夏野、滝が危険な目に合ってまで……楽になりたいとは、俺は思ってない……」
その玲の声に反論するように、夏野が低く呟く。
「玲。……だからこそ、俺たちが行ってくる。お前はたった一人の神官だ。そして薫は姫将軍の立ち位置にいる。二人とも、東軍にいなければならない人間だ。お前のことも助けるし、薫のことも守る。そして、他の者にはまかせられない。黎彩と玲を除けば……俺と滝に剣で勝つ人間が、俺の足が悪いにしても、東軍の中に誰がいる?」
玲が眉をしかめ、無言で夏野を見つめる。その瞳に玲の複雑な気持ちが浮かび上がっていて、私は玲の沈黙は、肯定ということだと理解した。
私は言った。
「玲、行ってくる。絶対に薬草を手に入れて、無事に戻って来るから……お願い。行かせて」
部屋に重い沈黙が流れた。




