55. 神殿の僧医たち
神殿の二階、執務室と書かれたその扉を、玲は軽くノックした。
「どうぞ」
中からおだやかな男の人の声が聞こえて、玲はすっと扉を開ける。
そこには重厚な机がいくつか置いてあり……白髪頭で小柄、何かの達人みたいな雰囲気のおじいさんと、白髪交じりの黒髪に優しい目をした、穏やかそうで、だけど隙が無い中年の男性が和やかな雰囲気で座っていた。僧医の服なのか、二人とも濃い灰色の袴姿だ。
「玲か」
おじいさんがゆっくりした調子で言う。
「……久しぶりですね、玲。その後体調はどうですか?」
中年の優しそうな男性も、微笑んで玲に声をかけた。玲は少し微笑んで頷く。
「なかなか顔出せなくてごめんな。俺が戻った頃に一度来て以来だけど……こちらは薫。挨拶が遅れてすまなかった。玄奥の予見で俺が日本に行って見つけた、今回の助け手だ」
予見ってなんだろう。首をかしげて玲を見上げると、玲は私を見た後で視線を二人の僧医に流して、彼らを私に紹介した。
「……薫、右側の小柄なおじいさんが玄奥僧医。予見っていう……軽く未来が見えるようなことが玄奥にはあって、それで、俺が助け手……要はおまえを見つけに日本に行くことになった。左のちょっと若い人が、清涼僧医。玄奥は六十歳、清涼は四十歳」
「おじいさんと言うことはないだろう、玲」
「そうですよ、年配の方とか言い様があるでしょう。そして細かいことですが、私は去年四一歳になりましたよ」
二人がくすくすと笑ってそう言うと、玲はちょっと舌を出して小さな声で、ごめんと言った。
とても親しくて家族みたいに仲が良い雰囲気。この人たちが、神殿に預けられてからの玲を育ててくれたんだろうと私は胸の奥で考える。
二人の僧医は静かに私を見つめた。
「はじめまして。薫といいます」
私がゆっくり名乗ると、二人は頷いて。最初に玄奥さんが言った。
「初陣での活躍は聞いております。死者がいなかったと」
「……いえ、玲と……皆さんに助けていただいたおかげです」
私の言葉に、清涼さんが笑った。
「控えめなのにまっすぐな目をされていますね、薫。速水からも聞いていました。速水がひとりで寂しく暮らしていたところに、薫が現れて楽しくやっている、と」
清涼さんの優しい言葉に、思わず私はぐっと来て涙がにじみそうになってしまう。
玲が言った。
「その速水の話をしに来たんだ。今、どこにいる?」
「隣の治療室に寝かせています。意識は戻って、傷も浅かったのでほとんど回復しているんですが、心理的に衝撃が大きかったようなので……まあ、起きたことを考えれば仕方ないですけどね。今日まで寝かせておこうかと」
清涼さんがさっぱりとそう言って、玲は頷く。二人ともそこの椅子に座りなさいと玄奥さんに促されて、私と玲は僧医たちの机の前に置かれていた椅子にそれぞれ座った。
そして、玲が本題を切り出した。
「あとで速水本人にも確認しようと思ってるけど……二人が良ければ、速水はしばらく神殿に預けた方がいいと思ってるんだ。あいつの両親が亡くなったことで、速水は巫子としての修行をしないままだっただろう? 速水はもう十四だ。修行開始が遅いくらいだ。
そして今回、速水があれほど簡単にと言うか……西羅の術にかかってしまったことは、巫女家系の、霊媒的な、影響を受けやすい体質が絡んでるんじゃないかと思って……ここで巫子の修行をはじめることで耐性ができて、今回みたいな呪術にもかかりづらくなるだろうから、それを打診しようと思って今日は来たんだ。
薫は速水邸で暮らしていたから、速水と話した方がいいかなと思って、遅くなったけど玄奥と清涼への挨拶もあって連れてきた。……どう思う?」
玲の言葉に、玄奥さんも清涼さんも頷く。
そして、清涼さんが涼やかに微笑んで、言った。
「私たちには異論はないですよね、玄奥」
玄奥さん、頷く。
「扉の向こうで話を聞いている速水も、問題ないと思いますが……速水、わかっていますよ。入っておいで」
清涼さんの優しい中に、有無を言わせないような厳しさを秘めたよく通る声。その言葉で、私たちがいる執務室と隣の部屋を繋げているらしい扉が、キイと開いた。
そこには浴衣姿の速水が、傍目にも震えているのがわかるくらい小さく身体を縮めて立っていた……。




