54. 神殿時代の玲
「……薫、速水の意識が戻って動けるようになったらしい。おまえの体調的に問題なかったら、あとで一緒に神殿に来てくれないか?」
南の谷から戻って三日間、私は治療室で休んでいた。
腕の傷が少し癒えて熱も下がった一月十四日の朝。
私は治療室から一度速水の家に戻ろうと、朱鷺子に挨拶をしていた時、顔を出した玲がそう言った。玲は私の意識が戻った日の夜から、自分の部屋に戻っていた。
「……うん。いま、一旦速水の家に帰ろうとしてた。じゃあ、私はまだ浴衣のままだから……着物に着替えて、青の間に行ったらいい?」
いつもの藍色の着物に茶系の羽織を着た玲、白地に紺の花が描かれた治療室の浴衣を借りていた私を見て、真顔で頷く。
「そうだな。今日まで姫教育は中止にしたから……速水邸まで送っていく」
「え、でも」
「……なにか問題あるか?」
「ううん。……玲は体調大丈夫?」
『通り道の負荷』という、玲の身体を弱らせる原因を教えられ、内心私は心配でたまらなかった。一昨日ほどじゃないけど、今日も玲は少し顔が青白い。覗き込む私に彼は少し微笑む。
「俺もここ三日、ほとんど寝てたからな。問題ない。朝飯は食ったのか?」
「私、朝は食べても食べなくてもいいから、今日はまだだよ」
「なんだそれ。じゃあ、食ってから帰れよ。まだ八時すぎだから何かあるだろ。
桐矢に話してやるから、食堂行こうぜ。……その格好じゃ寒いか。これ着て」
桐矢さんは翡翠宮の食堂の料理長だ。玲は自分が着ていた羽織をするりと脱いで問答無用で私に着せ、そのまま玲に引っぱられるように手を引かれ、私は朱鷺子に会釈して食堂に向かう。
朱鷺子はそんな私たちをくすくす笑って見送ってくれた。
「速水はしばらく神殿に預けた方がいいと思うんだよな。流行り病で速水の両親が亡くなったことで、速水の巫子としての修行をしないままになってたんだが……もうあいつも十四だから、普通と比べたら遅いくらいなんだ。
神殿で巫子の修行をはじめることで、今回みたいな術にもかかりづらくなるだろうし、それを僧医に打診しようと思ってさ」
玲が桐矢さんに話してくれて、病み上がりだからと卵雑炊を作ってもらい、いただきながら私は玲の話を聞いていた。
「私、お家の管理もあるだろうから、そのまま速水のお家に住んでていいかな」
聞くと、玲は少し首をかしげて。
「……いいと思ってるんだが……巫子教育は僧医の清涼の管轄だから、それも併せて聞いてみようと思ってさ。速水の意思も聞いてみた方がいいからな。それで、おまえも一緒に行った方がいいと思ったんだ」
私はわかった、と頷いた。
速水の家から翡翠宮を通り過ぎた先にある、教会のような大きな建物が神殿だ。私は馬に乗るときに神殿の裏にある厩舎にはよく来ていたけれど、神殿の中に入ったことはまだなかった。
翡翠宮は木造の平屋造りだけど、神殿は灰色の石造りで三階建て、重々しくて荘厳な感じの建物だった。
淡い桃色の着物に着替えた私を連れて、神殿の裏口の扉を開け、慣れた様子ですたすたと玲は中に入っていく。裏口とつながっている部屋は、厨房のようだった。
玲が振り向いて少し笑う。
「立ち止まってないで薫も入れよ。そう言えば姫教育中心だったから、神殿に挨拶もしてなかったよな。ここをまとめてる僧医の玄奥と清涼にまず挨拶するから、最初に二階の執務室に連れて行く」
「ご挨拶、自主的に来た方がよかったかな……」
聞くと、玲は軽く首を振り、笑う。
「別にいいだろ。神殿は、ここで育ててる人員を戦に提供することもあるけど、基本的には治療と祈祷や祭祀にしか携わらないから、今までおまえはあまり関連なかったんだ」
玲の話を聞いていて、私はふと聞いてみる。
「玲、神殿で育ったって言ってたよね。何歳から何歳までここにいたの?」
二階に続く石の階段を上りながら、玲は思い出すように、少し遠くを見る感じになった。
「……六歳から、十五までだな。翡翠の父さんの巽将軍が、あまり体調がよくないとなって……次世代の参謀教育が必要ってことで、俺と夏野は神殿から翡翠宮に移った。
もともと神殿でも勉強してたけど、行ってからは結構スパルタで……毎日十時間レベルで参謀教育と、並行して剣術稽古……剣術は巽さまが見ている中で、軍の誰かと訓練する感じで。
俺が十五になった年の十二月に翡翠宮に移って、それから一年くらいで巽さまが亡くなって、翌年……っていうのが今年の話なんだけど、この二月に翡翠がいなくなったんだ」
私は頷きながら聞いている。
「そう思えば、今のところ、俺の人生でいちばん長く住んでたのが神殿ってことになるな」
玲が言って、二階のひとつの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。




