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105/112

105. 歌ってやるよ

 湖のほとりの龍樹さんの家に着き、奥の部屋のベッドに(アキラ)が運んでくれて、私はひとまずそこに横になった。

 続いて、龍樹さんが薬を入れた器みたいなものを持って入ってくる。


夏野(カヤ)から、前に薫ちゃんが風狼(カゼオオカミ)から受けた傷がひどくなって、精霊草(セイレイソウ)の軟膏では効かなかったって手紙にあってな。精霊草以上に効く、月零草(ゲツレイソウ)の根をペースト状にしてたんだ」


「さすが。夏野も父さんも、仕事がはやすぎるな」


 感心したように玲が言う。


「龍樹さんが薫を治療してる間、俺は薬草庫を見てるけどいいか? ちょっと軍の方の在庫で、血止めの薬草減ってたんだよな」と(ハヤセ)


「滝は好きに見てたらいい。在庫は少し残しといてくれな」


 優しくそう言う龍樹さんに、滝は了解と頷いて部屋の外に出て行った。


「……さて、ちょっと熱かったり痛かったりするかもしれんが、薫ちゃんはちっと我慢してな」


「ハイ」


 どきどきしながら、私は龍樹さんがグレーになった傷跡に月零草の根のペースト状にされた軟膏を塗るのを待つ。優しい手つきで、その薬が傷跡に塗られた瞬間、燃えるみたいな激痛が走って、私はびくんと身体を震わせた。


「いっ、痛いですね……!」


 息も止まる感じで、声が掠れる。玲が反対側のベッドサイドにするりと移動してきて、黙って大丈夫な右手の方を握ってくれた。


「もうちょいがまんな」龍樹さんの優しい声が響く。


「……はい……!」


 塗り終わり、ほっと息をつく。濃いグレーに変色していた傷跡は、ほんの少し薄くなったけれど、完全には消えていない。龍樹さんは少し眉根を寄せて、言った。


「完全には消えねえか……呪いが強いんだな。……ちょっと待ってな」


 かたんと立ち上がって、龍樹さんは部屋を出て行く。しばらくして、薬湯が入っているような湯気のたつ器を持って、龍樹さんが戻ってきた。


「この薬湯に、これから呪いに効く特効薬を混ぜるから、ちょっと待ってな」


 見ていたら、ふわんと龍樹さんの掌から深海みたいな蒼い炎が浮かび上がり、その炎を龍樹さんが薬湯に触れさせると、炎は消えて薬湯が淡い青に光った。


 私も玲も仰天して龍樹さんを見つめる。


「これ、絶対楽になるから飲んでみな」


「い、今の何ですか? 魔法……?」


「そんなことできるなんて俺も知らなかった……」玲も驚いてそう言っている。


 龍樹さんはにやりと笑った。


「すげえだろ? 昔、俺が風狼に怪我させられた時に出来るようになって、翡翠の母ちゃんの紅羽(クレハ)さんから特効薬になるって言われて薬湯に混ぜたら、奏の呪いの傷に劇的に効いたんだよな。薫ちゃんも飲んでみな」


 言われて飲んでみると、身体の重さが徐々に消えて、熱っぽかった頭もクリアになってきた。


「すごい、楽になってきました……」


「だろ?」


 龍樹さんは頷いて。でもその次に私の腕の傷跡を見ると、更に薄いグレーになったけれど、完全には消えていない。


「でも消えねえか……つええな、呪いの方が。

 こいつは翡翠の治癒の力と、西羅の呪術の知識も頼るしかねえか……」


「……西羅の方が呪術に対する知識は上だからな」


 玲がそう呟いて、私は二人を交互に見つめる。私が不安げにしていたのか、玲は私を見て、頭を軽く撫でて優しく笑った。


「でも、父さんの魔術みたいな炎で熱は下がったな」


「うん、めっちゃ楽になったよ……」


 私の声に玲は微笑んで。


「そういうことになったら、次は翡翠と西羅だな。父さん、俺、ちょっと一回翡翠宮に戻って、夜光鳥で翡翠に、明日西の砦に薫を連れて行くって知らせてくる。……今日って、俺と薫、もしかしたら滝も、ここに泊まっても構わないか?」


「いいぜ~もちろん。だったら夜は、ちょうど丸鶏があるから鶏がゆにしてやるよ」


「いいな、それ。じゃあ、滝にも伝えてすぐ翡翠宮に行って戻ってくるから、薫は寝てて」


「え、でも私……」


「大丈夫、大丈夫。薫ちゃんは昼寝の時間な」


 龍樹さんにウインクされて、私はあっけにとられて黙る。なんだか玲も龍樹さんも楽しそうだし、熱も下がってきたことが体感できて、まあいいかと思って私は頷いた。

 そして、部屋には私と龍樹さんの二人が残された。



     ◇



「……薫ちゃんがよく眠れるように歌ってやろうか?」


 去って行く玲の後ろ姿を見送った後、龍樹さんがそっと言った。


「いいですね……」


 すでにうとうとしながら、私は微笑む。龍樹さんの話す声は少し掠れていてハスキーなんだけど、聞いた人誰もが安心するような深い響きを備えていた。


 目を閉じた私の耳に、ゆっくりと流れ込んできたのは古いアメリカのポップスだった。

 知ってる、この曲。

 やわらかいメロディーで、昔の大好きだった曲を思い出しながら過ぎ去った時間をなつかしむ……そんな曲。


 そして龍樹さんの歌う声は、チェロとか、上等な弦楽器のような深みを持つやさしい響きで、私の胸の奥に沁みてきた。


「……この曲、わたし、知ってます……なんでしたっけ? イエスタデイ……」


「ワンスモア。よく知ってるな……古い曲なんだがな」


「……好きです、この曲……うれしい……」


 私が呟くと、龍樹さんがそっと私の肩にかかる掛け布団をなおしてくれた。そして、掛け布団の上から本当に軽く、赤ちゃんにするみたいにぽんぽんと叩く気配がして、そして小さな声で、言った。


「じゃあ、二番も歌ってやるな」


 龍樹さんのその歌い方、音程を半音、意図的にずらして聴かせるようなそのメロディーの流れは、玲が舞のときに笛の音と動きを半音ずらして、見る人の印象に残るようにしていたやり方ととても似ていた。


 なんだ、玲はぜんぜん疑わなくていいのにな。

 その極上の歌声を聞いて、眠りに落ちながら私は思っていた。


 龍樹さんの優しさと、その歌声で聴く人を包むような感じは、玲のふだん話す声や皆を魅了する舞に、本当にそっくりだったのだ。

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