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100話達成記念・番外編 / 咲きかけの桜の下でお花見しよう

100話を達成したお祝いも兼ねて、番外編のほのぼの回です。

後半は第74話の番外編 "春の夜の夢の如し ー龍樹ー"と対を成す構成となります。


「今朝、翡翠宮の裏庭の桜が咲き始めてたよ」


 それは、三月末のことだった。

 お昼すぎ、翡翠宮の食堂・白龍亭にて。


 ランチタイムに(アキラ)に会ってそう言ったら、楽しいことを思い付いたみたいにちょっと笑った。そして、ひそひそ話みたいに、隣に座る私と目の前の夏野(カヤ)に顔を寄せた。


「明日の午後、いつもなら薫と乗馬訓練する日だけど、午後からのんびり花見でもするか?」


 それを聞いた夏野(カヤ)が爽やかに笑う。

「じゃあ俺は、桔梗(キキョウ)に言ってなるべく午前中に仕事を終わらせることにしよう」


 私もにっこり頷いて、お花見の話はすぐにまとまり、早速料理長の桐矢(キリヤ)さんに、お昼ご飯をお弁当風に作ってもらえるか、聞くことにした。


 その日は三月二六日、吐血事件から二ヶ月経ち、玲の体調も乗馬が出来るくらい回復してきていた。夏野は翡翠軍の参謀から、桔梗さんの執政補佐に役割を変え、二人で執政業務を担うようになっていた。


 桐矢さんもお花見弁当作りを快諾してくれて、夏野は桔梗さんがいる執務室に打診に行った。私は午後の剣術稽古で(ハヤセ)を誘う。そして玲は龍樹さんに声をかけてみると言って、湖のほとりの龍樹さんの家へと向かった。


 結果的に話が広がり、桔梗さんは僧医の清涼さんを、清涼さんは速水を、滝は軍隊長の黎彩(レイサイ)を、そして黎彩は婚約者で医師の朱鷺子さんを誘って……翌、二七日の午後。十人くらいで裏庭に面した廊下に並んで座り、お花見が開催された。



     ◇



「うちの父ちゃんに言ったら、酒の差し入れだってよ~」


 お酒の入った大きめの徳利(トックリ)をひとつ、滝が黎彩の前にどんと置いた。いつも無骨な雰囲気で真面目な顔をしている黎彩、それを見てふと笑顔になる。


「私、黎彩の笑った顔って初めて見たかも!」


 思わず私が言うと、玲が吹き出した。


「たしかに、滅多に笑わないよな、黎彩は」


「軍隊長を務めているのに、笑う必要もない」


 私たちの声に照れたのか、また真顔に戻る黎彩に朱鷺子さんが隣でくすくす笑う。


「私と話してる時は、結構笑顔になるのよ」


「それは朱鷺子が愛されてるってことだな」と滝。


「うるさい、滝は黙ってろ!」


 無邪気な滝の声に黎彩が赤くなって、皆がどっと笑った。

 桐矢さん作の豪華弁当、おにぎりや卵焼き、お煮しめやフルーツ、魚の照り焼きや鶏の唐揚げを取り分けていたら、速水と清涼さんが(カゴ)を持ってやってきた。


「あ、速水! 清涼さん! いらっしゃいませ!」


 私が笑うと、二人も笑顔だ。


「こんにちは。神殿からもお菓子を持ってきました~」


 速水と清涼さん、籐籠(トウカゴ)に入れた焼き菓子を小皿に入れていくつかに分けてくれる。それを見て玲が、ああ! と小声で呟いた。


「うん? どうかした?」


 隣に座ってた私、玲を覗き込むように見る。玲はごめんと小さく謝っている。


「何がごめん?」


「なんか、あれだろ? おまえがバレンタインって言ってパンケーキ作ってくれたあれって、一ヶ月後くらいに男から女に焼き菓子あげるってのがあるって、ばあちゃんが言ってたの忘れてた……」


「いいよ~こっちにはそんな風習ないだろうと思って」


 慌てて大丈夫と手を振ると、玲は頭を抱えている。


「そういうときは言ってくれ……本当は何日だったんだ?」


「えっとね、ホワイトデーって英語の名称なんだけど、三月十四日……」


「来年は絶対言えよ! 焼き菓子ならなんでもいいのか?」


「え、クッキー……」


「クッキーか。なんなら今度作ってやるよ。……っていうか、これ」


 玲は速水が持って来ていた焼き菓子、切り分けたパウンドケーキ風のものや、クッキーや蒸しパンの中から、二枚のクッキーを選んで手に取った。それは星の形をしていて、玲を表わしてるみたいだなと、私は思わずにこにこしてる。


「一緒に食おうぜ。今年はそれでいいことにしてくれたらそれで……」


 一生懸命に言う玲がかわいくて、私は微笑んでいる。玲はそんな私をきょとんと見て。


「何かおかしなこと言ったか?」


「ううん。うれしい。かわいい。それに、先々週、ホワイトデーの前の日に、私が誤解しちゃって、その後、玲が誘ってくれて、一緒に梅園でクッキー食べたんだよね。偶然、デザートにクッキーが付いてたって玲が言ってて。それで、私の中ではなんとなく、ホワイトデー達成だなって感じになってたんだ」


「俺がわかってなかったら意味ないだろう!」


 その言い方もかわいくて、私はうんうん頷いて、玲が手渡してくれたクッキーを一口食べた。ほろほろと口の中で崩れるそれは、とてもおいしかった。


「遅くなった! もう始めてるか~?」


 その時、呑気な感じのハスキーな声が響いて、裏口から龍樹さんが入ってきた。


「父さん」


 玲も笑顔でうれしそう。龍樹さんも、「お~玲! ありがとな!」と全開の笑顔だ。龍樹さんは桜のすぐ下、玲の隣にすごく自然にどかっと座って、特等席だなと笑った。



     ◇



 お花見は、桔梗さんや夏野の仕事の都合を聞いたりして、少し遅めに一時半くらいから始めたけれど、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。

 翡翠宮の塀の向こう、遠くの空がオレンジと金色の夕日で染まって来た頃。


 朱鷺子はちょっと治療室に席を外し、速水と清涼さんは先に神殿に帰って行った。残っていたのは、龍樹さんと玲と私、夏野と滝、そして黎彩と桔梗さんになっていた。


「俺はそろそろ帰るかな」


 不意に、龍樹さんが立ち上がった。

 玲が驚き半分、あと半分は少し寂しそうな表情で言う。


「……もう帰るのか? 風呂入って、泊まって行ったら?」


 その時、龍樹さんのすぐ隣に玲、その隣に私が座っていた。

 玲の声に、立ち上がった龍樹さんは少し笑って、でも、何か一瞬、視線を落としたその目が、とてもつらそうに曇った感じがした。


「そうだな……ちょっと、夜桜がなあ」


 夜桜?

 私と玲は顔を見合わせる。

 何か、嫌な思い出があるのかなって私がうっすらと思ったその時。


 滝からのお酒を龍樹さんと一緒にほとんど空けて、でも全然顔色は変わっていない黎彩が、いつも通りの真顔で、よく通る低い声で言った。龍樹さんの方を見もせずに。


「……龍樹。もう十五年も前のことだ。記憶を上書きとまではいかんだろうが……そこに今日の楽しさも加えたらいい」


 それを聞いた龍樹さん、一瞬時間が止まったような、息が止まったような雰囲気で黎彩を見る。黎彩は低く続けた。


「今日のこの宴で、俺は忘れた。お前が奏を……」


「黎彩、言うな」


 ぴしっと音がするような感じで。

 驚くほど厳しい口調で龍樹さんが黎彩を制した。皆が沈黙して龍樹さんを見つめて、でも、次の瞬間、龍樹さんはにやりと笑った。


「色々思い出しちまうことがあってな。

 だが、……たしかに黎彩の言う通りだ。今日のこの会があって、ほんとよかったぜ、玲。ありがとな」


 玲は瞬きせずに龍樹さんを見て、黙って龍樹さんの声を聞いていた。

 それはなんだかとても大事な瞬間のように感じられて、私も一緒にじっと見ていた。すると、黎彩が言った。


「大体、その前のことを思い出せばいいだろう? まだ玲が奏の腹の中にいたとき、俺が奏を担いで、お前も一緒にここに来て桜を見ただろう」


 黎彩の言葉に、龍樹さん、ははっと笑う。


「たしかにな!

 あのな、玲。お前が生まれる前、奏の悪阻(ツワリ)とか酷かったときに、春頃しばらく、翡翠宮に住んでたことがあるんだ」


「……そうなのか。知らなかった……」


 玲が呆然と呟く。龍樹さんはかすかに笑って続けた。


「そん時、小さい翡翠とかも一緒でな。まだ二つか三つくらいなのに、(タツミ)将軍に厳しくされてここで泣いてっから、よもぎ団子食わせたこともあったぜ。

 そうだ、ちょっと桐矢に、なんか菓子はねえかって聞いてくるな」


 龍樹さん、草履をすっと脱いで廊下に上がり、白龍亭の方に去って行く。その背中が消えるのを見届けて、黎彩が言った。


「今日は俺も酔ったが……。十五年前の春……亡くなった奏と、龍樹がここに戻ってきたのが、桜が咲いてる夜だったんだ」


 玲も私も、夏野も滝も、黙って黎彩を見つめた。桔梗さんは知ってたみたいで、目を伏せてお茶を飲んでいる。


 だから、と思った。

 あんまりにもつらかったから。

 そして、玲がお腹にいた頃は、あまりにも幸せだったから。

 そういうことなのかな?


「……なるほど。わかった」


 そうしたら、玲が静かに言った。


「日が暮れて風も冷たくなってきたから、皆で白龍亭に移動しようぜ。あっちで、菓子とお茶飲もう。桔梗も行くだろ?」


 我関せずという風にお茶を飲んでいる桔梗さんにも、玲はにこやかに声をかける。

 それはとても上手な玲の気の遣い方で、私は彼がこうやって、ずっと龍樹さんを、他の皆を黙って支えてきたことを垣間見る。


 皆、残ったお重やお皿を手早く片付けてお盆に載せて、わいわいと白龍亭の方に向かった。

 途中で戻ってきた龍樹さんとばったり会って。


「あれ、皆、もう終わりかあ?」


 素っ頓狂な声を出す龍樹さんの腕を、玲はあまりにも自然に組んで。


「寒くなってきたから、俺の体調を鑑みて、皆で白龍亭で菓子食おうって話になったんだ」


 それを聞いて、龍樹さんはとても優しい表情で玲を見た。

 伝わってるんだなあ。この人達、相思相愛なんだな、本当は。

 私はそんな風に思って。


「だから今夜は泊まって行けよ、父さん」


 玲が優しく、龍樹さんにそう言うのを、音楽みたいに聞いていた。





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