第21話:眠る静流と欲望の抑制
コルンの宴会は続いていたが、ヴァルターとエリンは現在の状況に困っていた。
――静流が眠り込んでしまったのである。
惚れた女性の無防備な姿に、二人は同時に喉を鳴らし、どうするべきか判断しかねていた。
「これは、チャンスよね……」
「いや、寝込みを襲うのは……」
「違うわよ!私は女性同士だから、介抱する目的で同じ部屋で寝てもいいでしょ?」
「……そうだな、エリンに任せていいか?」
「ええ!……それにしても、眠る前の様子がおかしかったわよね?」
「ああ、キノコ料理を食べた薬効は俺にも効いているが、静流はもっと辛そうにしていた」
「ジュースを飲んだ後に眠ったのも怪しいわよね?何か薬が入ってたんじゃないかしら?」
「……あり得るな。男が既にこの場にいないのは逃げたか?」
状況的に何かが怪しいということはわかるが結論は出ない。静流を部屋へ連れて行きベッドで寝かしたほうが良いとは思うのだが……。
「静流はどうやって連れて行く?」
「私が背負うわ!男には任せられないわよ!」
静流はとても女性らしい体型をしていて、男が背負うのは色んな意味で危険である。男として反応すれば社会的に死ぬかもしれないし、理性が死ねば静流を襲ってしまうだろう。
女性のエリンが背負うのが一番安全といえる。
「おっと、静流さんはどうしたんで?」
不意に低い声がかかった。振り返ると腕っぷしの太そうな木樵たち三人がこちらへ歩いてきていた。酒で顔を赤くしながらも、その目には妙な光が宿っている。
「……眠っちまったようだな。俺たちで運んでやろう。力仕事は任せろよ」
「そうだそうだ。嬢ちゃんら細腕じゃ大変だろ? ほら、俺たちが部屋まで運んでやるから」
にやついた笑みと共に、当然のように手を伸ばそうとする。
ヴァルターの表情がすっと険しくなり、エリンも静流の肩を抱き寄せて後ろへ下がった。
「必要ない」
ヴァルターの声は低く冷ややかだった。
「……あ? 何だよ。俺たちが善意で言ってるんだぜ?」
「そうそう、あんたら旅人だろう? この村じゃ俺たちの方が土地勘もあるしよ」
木樵たちは酔いに任せて強気に出る。どうやらヴァルターとエリンがただの旅人にしか見えていないらしい。
エリンは溜息をつき、呆れを隠さずに笑みを浮かべる。
「……善意、ね。寝てる女の子を運ぼうなんて、下心見え見えじゃない」
「なっ……!?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 本当に運んでやろうって――」
言葉の途中で、ヴァルターの視線が鋭く走った。まるで鬼のような眼光に、木樵たちの動きが一瞬で止まる。
「次にその手を伸ばしたら、指ごと落とす」
低く放たれた脅しに、宴会のざわめきすら一拍遅れて静まり返った。木樵たちは思わず喉を鳴らし、顔を見合わせる。
エリンは肩をすくめ、柔らかな笑みで追い打ちをかけた。
「静流は私たちの仲間よ。あなた達には触らせないわ。……わかったら、とっとと戻って飲んでなさい」
しばしの沈黙ののち、木樵の一人が苦い顔をして舌打ちした。
「……チッ、勝手にしろよ。俺たちは心配してやっただけだ」
強がりを吐きながら、三人は足早に人混みへ消えていった。
エリンは静流の額を撫でてやりながら、ふっと息を吐く。
「まったく……どこの村にもいるのね、ああいう手合いは」
「油断は禁物だ。……早く部屋へ運ぶぞ」
ヴァルターは短く言い、静流を背負おうと一歩踏み出す。だがエリンがすぐに割り込んで、腕を広げて止めた。
「ダーメ。私が背負うって決まったでしょ!……任せなさい!」
そう言って、エリンは静流をそっと背負い上げた。その仕草は意外なほど手慣れていて、仲間を大切に想う優しさがにじみ出ていた。
宴会の喧噪が背後で再び賑わいを取り戻す中、三人は静かに宿の部屋へと向かっていった。
――――――――――――
ヴァルターとエリンが静流をを連れて行く姿を見送って、周囲で様子を窺っていた男たちが小さく舌打ちを漏らした。
「……ちっ、やっぱりあの二人が一緒じゃ無理だな」
「そうだな。女があの状態なら、ワンチャンあるかと思ったんだが……」
木樵たちも肩を落とし、酒臭い息を吐きながら腰を下ろす。
「あれはムリだなぁ……睨まれただけで動けなくなっちまったぜ……」
「仕方ねぇ。あいつら、只者じゃねえな。下手に逆らったら命がいくつあっても足りねぇ」
項垂れる彼らの顔には悔しさと諦めが入り混じり、酒の勢いで膨らんだ下心も次第にしぼんでいく。
「……今はやめとけ、次がある」
「だな。生きてりゃ、また機会もあるさ……」
未練がましい言葉を吐きつつも、彼らは結局盃を取り直し、再び酒に溺れるしかなかった。
その後ろ姿を、宴会に紛れていた数人の男たちも同じように眺め、肩を落として項垂れる。
――結局、今宵の“獲物”は彼らの手には届かなかったのだった。
――――――――――――
宿へ向かう途中、広場の外れでラゴウとアリシアに出くわした。二人とも酒杯を手にしていたが、視線は真っ直ぐこちらに注がれる。
「おう……どうした? 静流の嬢ちゃんは」
ラゴウの太い声に、ヴァルターが静かに答える。
「眠った。少し様子がおかしかったから、部屋に休ませる」
「……そうか。今日は色々あったからな」
ラゴウは目を細め、酒気を帯びた表情に複雑な陰影を落とした。
静流は今日オンジに襲われ、ゴブリンの集落を発見し、さらにミスリルランク冒険者二人を伴って帰ってきた――。
働かせすぎたとラゴウは少し懺悔したい心持ちであった。
「悪かったな……嬢ちゃんにはきつい日になっちまった。今はゆっくり休ませてやれ」
ラゴウはそう言って大きく肩を回すと、杯を空けて息を吐いた。
隣のアリシアは少し口を尖らせ、どこか寂しげに笑った。
「……せっかくの宴会なんですから、静流さんと一緒に飲んで楽しみたかったですね。もっと笑ってくれたらって思ってたんで、残念です……」
エリンは静流を背負ったまま微笑み返す。
「……今は眠らせてあげて、ちょっと熱っぽいのよね」
アリシアは頷き、そっと視線を落とした。
「……ですね。はい……。じゃあ、私たちはまた明日」
短いやり取りを終え、ヴァルターとエリンは静流を宿へと運んでいく。
宴の喧噪はまだ遠くで響いていたが、その背中に向けられるラゴウとアリシアの視線には、信頼と申し訳なさの入り混じった色が浮かんでいた。
――――――――――――
静流が泊まっている室内でのこと。ヴァルターは椅子を持ち込み、扉の前に腰を下ろした。剣を傍らに置き、外の気配に集中する。
一方で、エリンは静流をベッドに横たえ、毛布を掛けようとした。だが――。
「……ん……」
静流の手が、不意にエリンの腕を掴んだ。熱を帯びた指先は、妙に離そうとしない。
「ちょっと……静流?」
呼びかけても、彼女は眠ったまま。頬は紅潮し、汗が額に滲み、荒い息が艶めかしく響いている。
次の瞬間、静流がふいに腕を回し、エリンの身体を抱き寄せてきた。
「わっ……!」
思わず声が漏れる。柔らかな温もりを持つ胸元へ顔を押し当てられ、エリンの心臓は跳ねた。
離れようにも、静流の腕は意外なほど強い。まるで「行かないで」と訴えるように。
「……っ、これは……反則でしょ!」
耳まで赤くしながら、エリンは抗わず受け止めてしまう。
声が気になりその光景を見てしまっていたヴァルターの喉が、ごくりと鳴った。視線が無意識に吸い寄せられ、足が一歩、ベッドの方へ動く。
「……エリン、俺も――」
その瞬間、エリンが振り返り、鋭い声を放った。
「眠ってる静流を抱く気なの!?」
ヴァルターは言葉を詰まらせる。エリンの瞳は真剣で、怒りよりも必死さが滲んでいた。
「今はダメ……静流が可哀想よ。そういうのは関係が深まってから。しばらくは私を抱くだけで我慢して」
囁くような声に、ヴァルターの目が揺れる。
だが次の瞬間、深く息を吐き、剣の柄に手を添え直した。
「……わかった」
彼は再び椅子に腰を下ろし、扉の向こうに意識を集中させた。
エリンは、眠ったままの静流を改めて抱きしめ直す。とてもいい香りがして深呼吸をしてしまう。
――ここが天国だったのね……
エリンは天にも昇る気持ちであった。
熱に浮かされた静流の吐息が艶めかしい。擦り付けられる裸身の柔らかさと滑らかさが理性にヒビを入れてくるが、自身から性行為を行なった事のない受け身な彼女では行動に移せなかった。
――こうして部屋の中には、抑えきれぬ熱と、張り詰めた理性だけが満ちていった。




