第18話:アリシアの悲しみ
コルンの村の灯りが見えはじめた頃、私は周囲を気にしながら足を止めた。
先にウルフを出しておかないと万物保管庫を村人に知られしまうかもしれない。
流石に大勢に知られると噂が広まるだろう。
「……ヴァルターさん。先にウルフを出しますね」
そう告げて万物保管庫を展開し、黒衣の影からウルフの死骸を取り出した。
ドサッと生々しい重みが連続して地面に落ちる。
ヴァルターは無言で頷くと、両肩に軽々と担ぎ上げる。
「……力持ちですね」
「ふふ……頼もしいわよね」
流石ミスリルランク冒険者、三匹も担げば結構な重量なのだが、余裕を持って担いでいる。
エリンは半ば呆れたように微笑んでいた。
そのまま三人で村の入口を抜ける。
夜の帰還に、すでに家々には灯りがともり、村人たちが遠巻きにこちらを見ていた。
旅人である静流の側では勇ましい男がウルフを担ぎ、その隣を見知らぬ聖職者の女性が歩いている。
人々の視線に小さなざわめきが混じった。
私は表情を崩さずに、冒険者ギルドの建物へと歩を進めた。木製の扉を開けると、夕食時で、賑やかな光景が広がっていた。
宴会の準備でもしているのか、中にいたアリシアが忙しそうに駆け回っていたが、こちらを見つけて声を上げた。
「静流さん、おかえりなさい!」
その声音には安堵がにじんでいた。
出かけてから思っていたより時間がかかったので、不安に思っていたようだ。
「水浴びはできました?遅かったので心配しました」
「ただいま。水浴びはできましたよ。ちょっとしたトラブルがありましたけど、結果的に問題はなかったです」
水浴びはいい気分転換になった。
村で感じていた既視感による不安も払拭され、今は独りではないと気持ちも楽になっている。
湖で仲間になったヴァルターとエリンを紹介するために話を続けた。
「湖畔辺りで頼もしい冒険者のお二人に出会い、話し込んでいました」
視線をヴァルターとエリンに送ると、アリシアの目が大きく見開かれる。
「ミスリルランク冒険者、ヴァルターだ」
「同じくミスリルランク冒険者のエリンよ。今晩は世話になるわね!」
「……ミスリルランクのお二人……! そんな方々と……」
言葉を探すように一瞬沈黙し、ハッと何かに気づいたように顔を上げた。
「あの……まさかゴブリン集落の討伐をお願いできるんですか?」
「はい、お願いする事になっています。大丈夫ですよね?」
「大丈夫です!ラゴウギルド長もきっと大喜びですよ!何やら思い詰めた顔をしてたので、これで安心ですっ」
アリシアはゴブリン集落の件を結構重く受け止めていたようだ。まあ、村に住む人々にとったら生活どころか生死がかかってくるから、私が少し軽く考えていたのかもしれない。
「ところで、ウルフを三人で仕留めてきたので皆に振る舞えますか?一応手土産です」
話を変え、背後のヴァルターが担いだウルフを指差す。
するとアリシアは一瞬だけ表情を変え、瞳の奥に微かな影が落ちた。
「……手土産ということなので、解体場に直接お願いできますか?案内します」
どうしたのか疑問に思ったがとりあえず後をついていく。
解体場は買取窓口の裏のスペースにあるようで、扉を一枚挟んだ向こうに広がっていた。食肉工場といった雰囲気だ。
観察していると、解体作業中のおじさんに指示されたヴァルターさんがウルフ三匹を空いていたスペースに置いた。
その様子をアリシアが悲しそうな顔で見ていた。
「……アリシアさん。どうかしましたか?」
声を掛けると、彼女はハッとして顔を上げた。けれどすぐに小さく笑みを作り、首を振る。
「いえ……すみません。ちょっと、昔のことを思い出してしまって」
放ってもおけず、少し気になったので話を聞いてみることにする。
「よければ、聞かせてもらえますか?」
私が静かに促すと、アリシアは少し迷った末に、息を吐いて頷いた。
「……小さい頃、ウルフを飼っていたことがあったんです」
「えっ……ウルフを?」
「はい。森で怪我をしていた仔狼を見つけて……内緒で育てていました。子供たちからは人気者で、とても人懐っこかったんです」
アリシアの瞳が遠くを見つめるように揺れる。
魔物と言っても小さい頃から飼っていれば意外と懐くのか。
「たくさん撫でられたり構われたりすると、情けない声で“クゥン”って鳴くんですよ。その声が可愛くて……私、クーリンって名前をつけました。“くーちゃん”って皆で呼んでいて、本当に村の子供たちのアイドルみたいな存在でした」
少し笑いながら話すその横顔に、懐かしさと同時に深い寂しさが滲んでいた。
「でも……大人に見つかってしまって。くーちゃんは危険だって、村から追い出されたんです」
言葉が途切れ、彼女は視線を落とす。
「あの後はとても悲しくて、暫く自暴自棄になっていました……」
飼い犬は家族のような存在だと聞くので、それも仕方ないだろう。子供の想いを大人になれば理解できない場合が多いから。
「……アリシアさん。もし、よければ……今の気持ちも、教えてもらえますか?」
おそるおそる問いかけると、アリシアは驚いたように私を見つめ、それからふっと目を伏せて小さく笑った。
「……そうですね。今も悲しいです」
彼女は解体場の隅に視線を落としながら、言葉を紡ぐ。
「だから、ウルフの死骸を見ると、心のどこかで思ってしまうんです。――“くーちゃんかもしれない”って」
その声音には、長い時間をかけて積もった痛みが滲んでいた。
私は胸の奥が締め付けられるのを感じながら、彼女の横顔を見つめる。
どう言葉をかければいいのか、正解はわからない。
「……辛かったんですね」
そう呟くと、アリシアは少し目を潤ませながらも微笑み、首を横に振った。
「ええ。でも……村を守るためにウルフを狩るのは仕方のないことです。わかってはいるんです。ただ……くーちゃんだけは、どこかで生きていてほしいって……どうしても願ってしまうんです」
最後に小さな声で、彼女は呟いた。
「……元気にしてるかな、くーちゃん」
――会いたいな……。
その一言が、解体場の静かな空気に溶けて消えていった。
彼女の気持ちが伝わり、胸の奥が締め付けられるようだ。
……聞かない方がよかったかもしれない。
自分が殺したウルフの中に、そのくーちゃんがいた可能性もゼロではない。これからウルフと戦うたびに思い出しそうなので、躊躇わないようにしなければ……。
「……ごめんなさい。やっぱり冒険者の静流さんに聞かせるような話じゃなかったですね」
アリシアが気分を切り替えるように声を弾ませて話を続ける。
「実は私の職業は【ペットマイスター】なんです。新しいペットを飼おうかと考えているんですが、村ではもう無理かなって思っていて……。だから最近街に移住する計画を練ってるんですよ。もしよかったら一緒について行ってもいいですか?」
――これは断れないな……。
彼女が一枚上手だった……。
同情を引くのが上手い。このタイミングで言われると拒否することが心情的に難しい。
……アリシアは好ましい人なので、メシュブランカに行っても知り合いがいると考えるとまあいいだろう。
「……ヴァルターとエリンに相談しますね。多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます!よろしくお願いしますね!」
――アリシアは満面の笑みを浮かべた。




