第15話:頼もしい二人と秘密の告白
湖畔を離れる前、私たちは落ち着いた空気の中で歩みを揃えた。
「静流、と呼んでいいか?」
ヴァルターが短く尋ねる。
「……はい。私はヴァルターさんと、エリンさんと呼びますね」
「私は堅苦しいのは嫌いだから、エリンでいいわ」
「わかりました、エリン」
「俺はヴァルでもいいぞ、静流」
「流石にそれはちょっと……。じゃあヴァルターと呼ばせて頂きます」
自然に呼び合えることで、少し距離が縮まった。
穏やかな流れのまま、私はふと思い出し、真面目な顔になる。
「実は……村に少し問題があるんです。この森の南にゴブリンの集落があって、数が異常に増えているようで」
言葉に二人はすぐ反応した。
「なら俺たちに任せればいい」
ヴァルターの声は揺るぎない。
ゴブリンを歯牙にかけない強さからくる自信を感じる。
「私たちも冒険者よ。村を守るのは当然でしょ?」
エリンも頷き答えた。
冒険者の仕事の基本は魔物の討伐。しかし村を守るかは個人の良心に基づく行いだ。二人の迷いのない返答は心強く、胸の緊張が和らいだ。
「ありがとうございます。私は知らないのですが、前から村に被害があったようで、コルンのギルド長も凄く悩まれていました。最近彼には助けられたので少し心苦しかったんです」
私の言葉に、二人は一瞬だけ目を見合わせ、それからすぐに私に視線を戻した。
「……そのギルド長との関係は?」
ヴァルターが低い声で問いかける。
「恋敵ってこと?」
エリンが半ば冗談めかして首を傾げたが、その瞳は真剣だった。
「ち、違います!」
私は慌てて両手を振って否定する。
「彼は……そういう人ではありません。……あの、同性を好む方なんです」
二人の眉が同時に跳ね上がる。
驚きの表情が一瞬で理解へと変わり、やがてどこか安堵したように息をついた。
「そうか……」
「なら話は別ね」
ヴァルターがぼそりと呟き、エリンは胸に手を当てて笑みを浮かべた。
空気が少し緩んだが、ヴァルターはすぐに表情を引き締める。
「……だが、助けられたというのはどういう意味だ?」
私は言葉を選び、視線を伏せる。
「……少し、油断してしまって。ギルドで酔っ払いに絡まれました……。軽く済めばよかったんですが……思ったよりもしつこくて。あのとき、ギルド長が助けてくれなかったら……その……」
言葉を濁して伝えたが、二人にしっかりと伝わったらしい。
ヴァルターの拳が無意識に固く握られ、甲冑越しでも軋む音が伝わる。
エリンの瞳は冷たく細まり、唇がわずかに震えていた。
憤りを隠すことのできない二人は、互いに視線を交わし、何も言わずとも意思を通じ合わせていた。
「……静流」
ヴァルターの声は静かだったが、内に燃える怒りを隠せていない。
「そのような連中は、俺が許さない」
「ええ。次にそんな奴らが出たら、私が叩きのめしてあげる」
エリンは凛とした声で言い切った。
私は小さく息を呑む。
二人の真剣さに胸が温かくなると同時に、その胸を罪悪感が襲う。
告白の返事をする予定のない自分が、こうして好意を受けても良いのか――と。
胸に積もる罪悪感に負け、私は二人へ正直な気持ちを打ち明けた。
「……すいません。実は……隠し事があります。それが理由で……告白の返事はできないかもしれません」
隠し事……、私が元男という事は、二人にとって残酷な真実だ。それを証明する手段がない現状、伝えても納得して貰えないかもしれない。
もし伝えるのであれば、私が二人なら大丈夫と心の底から思えた時だろう。
正直な言葉が落ちた瞬間、二人の瞳が真剣に細まる。
拒絶ではなく、真意を探るような視線だった。
短い沈黙の後、ヴァルターが低く言った。
「……そうか。なら、俺たちも隠し事をしていたことを謝らねばならない」
横に並ぶエリンも頷き、苦笑を浮かべる。
「そうね……黙ってた方が楽だったけど、静流には正直に言うべきだと思う」
罪悪感から漏らした言葉に、予想外の返事が返ってきた。秘密とは何だろうか?
「俺とエリンは……見た目は二十代だが、実際の年齢は四十二だ」
ヴァルターの声は重いが、揺らぎはなかった。
「……えっ?」思わず声が漏れる。
彼は淡々と続ける。
「俺は長年の戦いの中で『命源吸収』を繰り返してきた。その影響で老化の速度が遅れ、肉体の外見は二十代のままだ。だが、実年齢は四十を越えている」
驚き口を開けていると、隣のエリンが静かに微笑み、言葉を引き取った。
「私も似たようなものよ。……昔ね、不老薬を飲んだのよ。その効果で生まれたスキルが【不老の契約】。おかげで、この身体はずっと二十歳のままなの」
彼女は自嘲気味に肩を竦める。
「だから外見は若いけど。でも本当は、壮年のおじさんとおばさんなのよ……。でも心も若いつもりだけどね!」
言葉の意味を咀嚼し理解に努める。
『命源吸収』による老化の低下は広く知られている。有名な冒険者に多く存在し、それは強さの証明だ。それだけ命源吸収を行い限界に達した結果、老化の遅延にその力は注がれる。
しかし、不老薬は聞いたことがない。スキル名が【不老の契約】と言うからには、条件がありそうな気がした。
「俺たちの事を信頼して貰うまで、暫く年齢は隠しておくつもりだった……」
「その……一目惚れがどうこう言ってるのに、かなり歳上ってイメージ悪いかなって思うじゃない?」
まあ確かに、一般的にはそう捉えられるかもしれない。私は良い成長を遂げた大人であるなら、かなりプラス要素と捉えてしまう……。外見が若くて、経験を重ねながらも良心を忘れていないこの二人を嫌いにはなれない。
年齢を明かしてくれたのは嬉しいが、自分の抱える秘密を明かす勇気もない私は、こうして正面から全てをさらけ出した二人に、罪悪感を重ねながらもキープ発言のような事をしなければならない……。
正直自分にとって実際の年齢より性格と外見が良ければ不満などない。
しかし、元男としてヴァルターと付き合う事などまだ考えられないし、エリンと女性同士で付き合う事にも違和感を感じる……。
どうしようもなく中途半端なまま、答えを出せない自分が嫌になる。
「私はお二人に出会ったばかりですが、人柄に好感を覚えています。実際の齢がかなり上でも嫌ったりしませんよ」
私の言葉に、二人はわずかに目を見開いた。
……悪女になったような気がした。二人を手玉に取っているようで胃がきりきりする。
その後、どちらからともなく肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる。
「……そう言ってもらえるだけで、救われる」
ヴァルターが低く息を吐いた。
「よかった……正直、嫌われる覚悟もしてたから」
エリンも胸に手を当てて、微笑を見せる。
その様子に胸が温まると同時に、ふとした疑問が口を突いた。
「あの……エリンは不老薬をそうだと知って飲まれたんですか?」
問いかけに、彼女はあっさりと頷いた。
「ええ、もちろん知っていて飲んだわ。私にとってはメリットの方が大きかったから」
「……【不老の契約】というからには、何か副作用はあるのでは?」
私が恐る恐る重ねると、エリンは一瞬だけ躊躇い……。
「……子供が出来なくなるの。それが代償ね」
……不妊になることを知ってもなお不老薬を求めたのか……。
「でも私は昔からレズビアンなの。だから不妊になっても後悔はないわ」
そう言い切りながらも、すぐに視線をこちらに戻し、少し強い口調を足す。
「ただ、誤解しないでね? 女性と関係を持ったことは今まで一度もなかった。本当よ」
蒼碧の瞳が真剣に揺れる。
「国では立場もあったし、軽々しく誰かとそういう関係になれるわけじゃない。……だから、私はずっと自分の想いを抑えてきたの」
その言葉には、軽さも冗談めいた響きもなく――長年の重みが滲んでいた。
レズビアンだからか……。
確かに不妊を理由に男性との関わりを減らせるメリットは大きい。それに国での立場もあったなら、レズビアンでは肩身が狭かっただろう。
「エリンも大変だったんですね」
私が理解を示すとエリンは安堵したように息をつく。
……周囲の人は妊娠できなくなる事をどう受け止めたんだろうか?
思わず、心に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまう。
「でも……エリンのように綺麗な人が子供を産めなくなるなんて……。反対されたり責められたりはなかったんですか?」
問いかけに、彼女は少し肩をすくめ、穏やかに微笑む。
「私は聖職者でしょ? 修道会や神殿に属する者に結婚を強く勧める習慣はないの。むしろ独身でいるのも珍しくないくらいよ」
蒼碧の瞳が柔らかく瞬く。
「それに――ヴァルと私は幼馴染で、昔から一緒に行動してたから、周りからは自然と“恋仲”だと思われてたみたい。ヴァルが大丈夫なら、って、誰も口に出して責めたりはしなかったし、私も否定しなかった。……まあ、お互いが納得していれば、それで十分だと皆も思ってくれたんでしょうね」
横で聞いていたヴァルターが、少しだけ視線を逸らして咳払いをする。
「……誤解を解こうとも思ったが、お互いにメリットもあったからな」
エリンはそんな彼を見て、楽しげに笑った。
「ね、そういう人なのよ。黙ってれば“堅物の恋人”ってことで、私はその陰に隠れて楽をさせてもらったわ」
なるほど――お互いのことを深く理解している幼馴染だからこその仲の良さ。
軽口の裏に流れる信頼の深さを感じた。




