第9話:逆らえない恐怖とギルド長の奇跡
「っ……!?」
突然の出来事に、静流の思考は止まっていた。
「お…!…らか…て…る…ぷ……だ…!ってか…ブ…し…ない…ぁ!…レに…ま…たか…たんだ…!よ…じ…あ…接……」
耳から聞こえる言葉がそのまま素通りする。
驚愕・恐怖・屈辱・怒り等の感情と、女性の身体が静流に与える未知なる感覚がその心を乱していた。
かつての自分なら一瞬で振り払えたはずなのに――今は違う。
静流は初めての出来事に動揺し、混乱のあまり何もできず、その暴挙に抗えなかった。
頭では必死に拒もうとしているのに、身体は思うように動かない。
理性の叫びとは裏腹に、肉体は勝手に硬直し、抗うどころか相手の行為を受け止めてしまう。
その“裏切り”に、静流は震えた。
心は拒絶しているのに、身体は従う。
その現実こそが、何よりも恐ろしかった。
「あ……!?やめて……!?……んぁ!?」
「……お……す…ー!…いこ…れる…!?……部…に行こ……!!………ってや……ら」
この世界では日常的に起こっている出来事。
今日は静流の番であっただけなのだろう。
男は囃し立て始め、女性は憐憫の表情で見ていた。
――そこに髭面の大男がやってきた。
筋肉質で逞しい巨体、獣人の男であり、この村の人間で一番強い者……。
彼はラゴウ。
人知れず死の淵から蘇った冒険者ギルド長だった。
「何してるテメエら!恩人に仇で返そうってぇのか!!」
酔っぱらい状況を理解できていないオンジが、ギルド長が何を言っているのか理解できず、聞こえた単語に反応して答えた。
「オレが何だって〜?ギルド長も混ざってくか〜?あ〜ムリか?ギルド長はおんなよりおとこだ……ぐふっ!」
「うっせえんだよ!!テメエも掘ってやろうか!!」
ラゴウの一撃でオンジは床に沈んだ。
オンジから解放された静流は息を荒げながらもなんとか礼を言う。
「あ……、ありがとう……ございます。お陰で……助かりました。こんなことは……初めてで、動揺してしまった……ようです」
「いや、こっちが悪かった。朝にも迷惑をかけて、次は村の仲間がこんなことをしちまった。後で話があっから部屋で待ってて貰えるか?先にオンジをシメて行くからよ」
ラゴウはオンジを抱えて外にいった。
静流は逃げるように部屋へと戻る。
ギルド一階では気まずい空気が漂っていた。
恩人に礼を尽くすことは当たり前。
しかし、冒険者は弱ければ何をされても泣き寝入りすることもまた“当たり前”だった。
冒険者になった以上、静流も本来なら自分の力で問題を解決しなければならない。
だから彼らも、黙って静観するか、助けるか、それとも混ざるか――選択は全て自由であるべきなのだ。
美人が乱れていたからと囃し立てる程度で済ませた連中は、むしろ温情をかけた方だといえる。
――この世界では、それが現実だった。
そんな中で、ラゴウが“助ける”という選択肢を取れたのは特別な理由がある。
一つは、彼がこの村で最も強い男であったこと。
もう一つは、女を欲望の対象にしない、“ゲイ”だったからだ。
そう、もしラゴウが“ゲイ”でなければ、彼もまた、静流を助けることをしなかった。
ラゴウは先ほどまで、同性愛者か、両刀使いのどちらになるかの狭間で揺れていた。
もし彼が起きた時、両刀使いに進化していたとしたら、オンジだけでなく、静流も何処かに連れて行かれ、同じ目に遭っていたかもしれない
静流は部屋に戻った後に考えていた。
背後から伸びた腕に捕らわれたあの瞬間、確かに力を込めれば振り払えるはずだった。
けれど身体は思うように動かなかった。
酒臭さと共に押しつけられた重みが、今も背中に残っている気がする。
恐怖、羞恥、そして理解不能な戸惑い。
女性の身体が本能的に抱く“弱さ”が一気に押し寄せ、筋肉の力を奪っていった。
自分が弱者の立場になり、男に逆らえなかった。
――屈辱だった。
男であった頃なら即座に反撃できたのに。
今は抵抗できる力があっても、心の奥を支配する感情に縛られて動けなかった。
その現実こそが、何よりも静流を追い詰めた。
……自分が女として生きている以上、男に触れられる危険は常につきまとう。
どれほど理性を信じても、またあのようになれば抗えない。
その無力感が、静流の中に“男に対する警戒心”を深く刻みつけていた。
ラゴウギルド長が来てくれなければ、最悪の結末を迎えていたかもしれない。
「彼に感謝しましょう……。彼がもし同性愛者でなければ……」
静流はわかっていた。
もしラゴウが“普通の男”であったなら。
あの場で暴走するオンジを止めるどころか、同じ衝動に呑まれていたかもしれない。
その可能性を考えるだけで、背筋に冷たいものが走る。
自分が助かったの運が良かっただけ。
ラゴウがゲイであったからこそ、静流は最悪の結果を回避できた……。
「…………」
小さく息を吐き、胸元を押さえる。
荒ぶる鼓動を落ち着けようと、目を閉じて深呼吸した。
今はただ、心を整えるしかない。
ラゴウが来ると約束した以上、この後どう向き合うべきかを考えておく必要があった。
――やがて、静かなノックの音が響いた。
「……ラゴウだ、入っていいか?」
扉の向こうから聞こえる低く落ち着いた声。
そのすぐ隣に、気遣うようなアリシアの声も重なる。
「わ、私も一緒に伺っています。……ご迷惑でなければ」
静流は一拍置き、深く息を整えた。
「……どうぞ」
返事をすると、扉が静かに開き、ラゴウとアリシアが姿を現した。




