異世界でも冷え性は治らない
私は昔から冷え性だ。
夏でも手足が冷たいし、冬は絶対にカイロが手放せない。手袋をしていても指先はかじかむし、靴下を二重にしても足の先が冷える。口の悪い友達に「おくりびとに出てた?」と言われたこともあるほど。あまりに冷え性が酷くて診てもらった病院では「体質ですね」と笑われて終わりだった。
そんな私が異世界に呼ばれる日が来るなんて、想像もしていなかった。
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その日は帰りの電車でうとうとし、ふらふらと歩いて帰る途中だった。
体はだるく、足先はいつものように冷えている。家に帰ったら熱いお風呂で温まろう、そう思っていた。
……気がつけば、私は石畳の上にへたり込んでいた。
ヒヤッとした感触が体の芯まで伝わってくる。石造りの広間。見慣れない天井。周囲には鎧姿の兵士やローブをまとった神官らしき人々が並び、口々に叫んでいる。
「召喚は成功した!」
「聖女様がお目覚めだ!」
「……は?」
頭が追いつかない。けれど、とにかく寒い。
石畳の冷たさが足元から這い上がって、全身を震えさせる。
「……さ、寒い……」
声がかすれるほど小さく、テンションも上がらない。本当にもう、ただただ寒い。
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兵士の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「聖女様!お手を……失礼します!」
そう言って、私の手をそっと握った。
次の瞬間、彼は目を見開いた。
「……っ、なんと冷たい!まさに邪をその身に引き受けておられるのだ!」
「いや、ただの冷え性……」と口にしかけたが、寒さで声が震えて出ない。
その間にも周囲がざわめいた。
「聖女様が瘴気を受け止めてくださっている!」
「すぐに温石を!」
「毛布をお持ちしろ!」
慌ただしく人々が動き回り、次々と温石や毛布が持ち込まれる。
私はがたがた震えながらも、とりあえずにこっとだけ微笑んでみせた。
外面だけでも取り繕うのは癖のようなものだ。
その瞬間、兵士も神官も息を呑んだ。
「この苦しみの中でも笑顔を……!」
「なんと健気なお方だ……!」
……いや、ほんとに寒いだけなんだけど。
やがて毛布にくるまれ、温石を両手に抱えたとき、私は思わず小さく息を吐いた。
「……はぁ〜……」
体がじんわりと温まっていく。
頬が赤くなり、思わず目を細めてしまう。
周囲が一斉に歓声を上げた。
「なんと!聖女様が癒しの御力を発動された!」
「慈愛の温もりだ!」
……いやいやいや、ただ温まってるだけだから!
そうやって誤解され続けたある日。
国境の森から魔物の群れが現れた。角の生えた獣が咆哮し、紫色の瘴気が辺りを覆う。兵士たちは瘴気を吸って次々と倒れていった。
「聖女様! どうか!」
よくわからないまま広場に連れ出された私は、瘴気を吸い込んだ瞬間、全身がさらに冷えて震え出した。
「さ、寒……っ」
体の奥から止まらない震え。歯もがちがち鳴る。
「聖女様が……命を削って瘴気を引き受けてくださっている!」
兵士や神官たちが涙を流しながら叫ぶ。
「急げ!温めるのだ!」
次々と毛布がかけられ、温石が抱かされる。
私は震えながらも「いや、ただの冷え性で……」と言いかけた。
だが、そのときだった。
広がっていた瘴気が、ふっと薄れていったのだ。
魔物たちが呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。
「……え?」
思わず目を見開いた。
確かに私の震えと同時に、瘴気が消えていった。
「聖女様が瘴気を浄化なされた!」
「やはりその身で全てを引き受けてくださっていたのだ!」
兵士たちは歓喜し、神官たちは地に額をつけて祈った。
……まさか。本当に?
いやいや、そんなはずは……でも。
私は毛布にくるまれながら、温石のぬくもりにほうっと息を吐いた。
「……暖かい…最高……」
周囲はさらに歓声に包まれる。
「聖女様がお喜びだ!」
「癒しの奇跡だ!」
私は空を仰ぎ、小さくぼやいた。
「……異世界でも、冷え性は治らない」