婚約破棄された最強聖女は再び恋をする
「マリス国立魔法学校には…最強の聖女がいるんだ!」
学校の生徒会室で、黒髪の少年が目を輝かせながら語る。
「最強の聖女だあ?トウマ…また訳の分からない事言い出したな」
金髪の少年が呆れ気味に呟く。
「最近僕の兄さん…じゃなかった!ルネ王子の魔法が弱くなって…
今年の序列試験で階級を落としたんだ!去年まで圧倒的だったのにさ
彼、半年前から婚約者が変わったろ?」
「ああ…カレン嬢になったな
羨ましい~!俺もカレン嬢みたいな婚約者が欲しいぜ」
「きっとルネ王子の前の婚約者が最強の聖女なんだと思う!」
「何を根拠に…
そうだとしてもうちの生徒かは解らないだろ?」
「半年前、学校主催のパーティーがあったでしょ?
その時にさ…」
ーーー
俺は悪ふざけで二階のバルコニーの手すりに座って友達と話してたんだけど…
そしたら調子に乗ってバランスを崩し
頭から真っ逆さまに落ちそうになったその時!
咄嗟の起点で風魔法を地面に放ち衝撃を抑えようとした。
俺も多少痛い事になるのを覚悟したが、
俺の放った魔法はとてつもない強度で出力されて、
ふわりと身を持ち上げられる感覚を覚えた後に無傷のまま床にストンと体が降りる。
何が起きたか分からずに周囲を見渡すと、
走り去る少女の姿が見えた…
(…聖女…俺の魔法を強化した?
あの一瞬であれほどの威力を…だとしたらかなり優秀…
いや、天才かもしれない)
ーーー
「俺、しっかり見てたよ!彼女の二の腕には星型の痣があった…
きっとあの子が最強の聖女なんだ」
黒髪の少年はうっとりとした表情で言い放つ。
「きも…よくそんな一瞬で身体的特徴を…
で?お前はその聖女様とバディを組みたいわけ?」
「うーん…俺…女性は苦手だからなー…
いい子だったら、組みたいかも!」
黒髪の少年はそう言って微笑んだ。
ーーーーー
一方、マリス魔法学校の廊下を急いで走る少女がいた。
いけない…!図書室の鍵教室に置いて来ちゃうなんて…!
早く図書室を閉めないとまた怒られちゃうよ!
私が図書室まで戻る途中、廊下を塞ぐように人だかりが出来ている。
わ、ついてない…!いったい誰よこんな所で女子を侍らせてるのは!
「トウマ様、『最強の聖女』を探してるって本当ですの?」
「やだやだ!トウマ様は私を選んで下さるでしょ~?」
「トウマ」…ああ、マリスの第4王子…
柔らかそうな濃い茶髪にヘーゼル色の瞳…
そういえば何度かお見かけした事のある顔だ。
でも彼、女性が苦手って聞いていたんだけど
あんなに囲まれて平気なのかな?
女子に囲まれた「トウマ」様は、
にこにこと愛想良く笑っているように見えるが
顔色が悪い上に額にうっすら汗が浮かんでいるようにも見えた。
…無理してる…?
いや…まさか、嫌なら嫌って言う筈だし…
気づかれない様に通り抜けよう。
「あら、トウマ様!肩にゴミが…!」
1人の女子生徒が彼の肩に触れると、
彼の顔は一瞬恐怖したかのように強張る。
やっぱり、怖いのかな?
…もし私だったら…言えずに無理しちゃうかも…?
お、お節介だったらごめんなさい…!
私は意を決すると、女子達の輪に入って彼の腕を掴む。
「あの!トウマ会計!図書委員の予算案を見て欲しくて…!
今からお付き合い頂けませんか!」
彼は目を丸くして私を見ると、
「あ…ああ!今行くよ!
…ごめんね皆様、また後で」
と言って女子生徒達に礼をした。
「あの方…エミリさんでしたっけ?」
「平民の癖に王族に馴れ馴れしいですわ」
背後から私を貶めるような囁き声が聞こえて来る。
うう…恨みを勝っちゃったかも…
…
「ごめんね、声掛け辛かったでしょ?
君って図書委員の…あ!思い出した!
『リコ・エミリ』!
序列試験で見かけたから覚えてるよ
図書委員の予算案、もう作ったなんて感心だね」
「…あ…」
「ん?どうかした?」
私は彼に顔を覗き込まれ、体をびくりと震わせる。
「あの…すみません…!私、男性があまり…得意では…なく」
私の言葉を聞いたトウマ様はキョトンとした顔で私を見る。
「あの…嘘…なんです…!予算案全然できてなくって…
トウマ様が女性が苦手って聞いたものですから
あのように囲まれては…私だったら…辛いかなって…」
私がもじもじしながらやっと口にすると、
トウマ様の顔をちらっと見やる。
彼は満面の笑みを私に向けていた。
「男性が苦手なのに助けてくれたの!?
うれしいなあ、ありがとう!君っていい人だね!」
彼はそう言って私の手を握りブンブンと振る。
しかしその手にはハンカチを一枚噛んでいた。
手袋してるのに…よっぽど苦手なんだ。
「いえそんなお礼されるほどの事じゃ…!
そ、それでは私図書室に向かいますので!」
私がその場を離れようとすると、トウマ様は
「せっかくだし俺も付いて行くよ!
女子が一人で出歩いたら学校であろうと危険だろ?
なあ、君って婚約者はいるの?」
と言いながら当たり前のように横に並んで歩きだす。
女性…苦手なんじゃなかったの!?
何だかむしろ距離が近いんですが!
ど、どうしよう…私面白い事何にも言えないのにいいのかな!?
「いないです!…半年前に…突然婚約破棄されて…」
「へー!良かったね!」
彼は輝くような笑顔で言い放つ。
良いわけないでしょ!何言ってるの!?
「…トウマ様は…いない…ですよね
今年の序列試験でも…聖女とバディを組んでおりませんでしたから」
…古より、魔術師と聖女は常に一緒。
魔術師が魔法を使い…聖女がそれを強化する。
優秀な魔術師には、必ず優秀な聖女が
パートナーになるようになり
そしていつからか、聖女が魔術師とバディを組む際は
婚約がセットになる様になった。
…つまり、聖女とバディを組んでいない彼には
婚約者がいないという事になる。
「あれ?俺は今年聖女と一緒に出たよ?」
「後ろにいた方ですか?…あの方は…
聖女じゃありませんでした、
魔力を感じなかったから
もしかして、使用人の方、とか?」
私は言い切ってからはっとする。
まずい…!こんな事言ったら失礼にあたるかも…!
咄嗟に彼の顔を伺うと、彼はまた興味深そうに私に微笑みかける。
「凄い!分かっちゃうんだ!」
…この人…なんか、不思議…
平民に失礼な事言われても怒らないのね…
「そうなんだ…そのせいで俺は今年も第4王子!
聖女と組みたいけど君も知っての通り女性が苦手で
中々相手が見つからないんだよね
このままじゃまずいとは思ってるんだけど~…」
彼は宙を見ながら他人事のように言う。
まるでまずいと口では言いつつ、
大して問題にしていないといった様子だ。
マリスの継承権は生まれた順では無く序列試験で王子達が戦い、その結果で階級が決まる。
聖女無しで第4位って凄いんじゃ…
自信があるから焦ってないのかな?
…
私達は図書室の前まで来ると、私の足は止まってしまう。
図書室の前にいる男…
銀髪に眼鏡のよく似合うキリっとした顔立ちの彼は、
「ルネ・アンドルシュ」様。
私の元婚約者で…私の親友カレンと婚約をしたこの国の第二王子…!
よりにもよって今一番会いたくない人に会っちゃった!
ルネ様は私に気付くと、険しい顔でこちらに歩いて来る。
「リコ…駄目じゃないか、しっかり戸締りをしてから図書室を離れなさいと
いつも言っているだろう
…そしてなんでトウマと一緒にいるんだい?」
彼が何で私と一緒に行動してるかなんて私が知りたいのですが…
「あ…心配して…着いて来て下さって…」
「レディを一人でうろつかせちゃいけないって配慮だよ兄さ…
ルネ第二王子!
ルネ王子こそどうしてこんな所にいるんです?」
「俺は風紀委員だぞ?見回りをしていたに決まっている
…なんだリコ…また一人で行動していたのかい?
婚約者はどうした」
「婚約者はどうした」!?
…貴方が半年前…私の婚約を破棄した癖に…!
私は悔しさで拳を握ると、
「ま…まだいません…」
と俯きながら言う。
「彼女、男性が苦手らしいよ?」
「可哀想に…もしかして俺のせいか?
君の将来に傷を付けてしまって申し訳ない」
うわ…何か惨めだ…面と向かってこんな事言われるなんて…
「リコ、以前君には断られてしまったが…」
ルネ様が何かを言いかけると、トウマ様は何かを察したのか目を輝かせながら、
「ねえ…!俺のせいってどういう事!?
もしかしてリコって兄さんの元婚約者だったりするのかな!?」
とルネ様に尋ねる。
「兄さんじゃない!ルネ王子と呼べ…!
こほん…ああ、そうだが…
何か文句でも?」
「リコ、ちょっとごめんね?」
彼はそう断ると私の制服の袖を捲ろうとする。
「ひゃ!?ちょっとやめて…!」
「お、おい馬鹿何を…!」
抵抗も虚しく私の二の腕があらわになると、
彼は「やっぱり!」と声を上げる。
「星形の痣…!君が『最強の聖女』!?」
彼は言いながら私の手を握る。
その手はハンカチを噛んでおらず、震えているものの
彼の興奮度が手の温度を通じて伝わって来る。
彼の目は星のように光り、その笑顔は輝かんばかりだった。
「さいきょうの…せいじょ…?」
「そっかそっかあ!『最強の聖女』が君みたいないい人で俺嬉しいよ!
ねえリコ…俺と婚約しよう!」
「…えっ!?」
私の声は廊下に寂しく響き渡った。
ーーーー
後日、私が学校の授業を終えて伸びをしていると、
カレンが物凄い形相で私に飛び掛かる。
「ちょっと、聞いたわよリコ!
王子の婚約を断ったって本当!?」
私の体を揺すりながら、カレンが言う。
「わた、わたし…魅力がないから振られたの…」
私は咄嗟の嘘を吐く。
あの後…結局とんでもない空気になっちゃって…
『すみません!図書室閉めたら鍵を職員室に返さなきゃいけないんです!
ああ忙しい忙しいー!』
と言って有耶無耶にしたまま逃げちゃったのよね…
何も元婚約者の前で婚約を申し出なくたっていいのに。
「そう…残念ね、王子と婚約できるチャンスだったのに」
しかし、そう呟く彼女の顔はどこかほっとしている様だった。
「わ、私はカレンがいたらそれでいい…!
殿方と婚約する気なんかないの
貴方がずっと友達でいてくれさえしたら…」
彼女は今私の元婚約者と婚約している身ではあるが、
私は知っている、カレンは何も悪くない…!
これは単なる噂だが、ルネ様は私といつも一緒にいるカレンの方を好きになってしまい私との婚約を破棄したらしい。
でもそれも仕方のない事、彼女は美しくて優しくて聡明…聖女としても優秀
何故私の親友でいてくれているのか不思議なくらい素敵な子だもの。
…悪いのは、ルネ様の方!
婚約破棄する前日にだって一緒にお出かけして愛を囁いて下さったというのに
急に「好きな人が出来たから婚約を破棄しよう」なんて…
せめて、それに至る経緯を何か一言でも説明下されば
私だってここまでの傷を負わなかったというのに…
「リコ…わたしも、リコがいたら何もいらないわ」
カレンは優しく微笑む。
ああ、素敵な友達を持ってよかった…!
「リコ!」
私がカレンと見つめ合っていると、
トウマ様が勢いよく教室に入って来る。
彼の輝かんばかりの笑顔は教室の女子達に黄色い悲鳴を上げさせる程に眩しかった。
「ひっ…!」
私が逃げようとすると、彼は私を壁に追い込み手を掴む。
その手にはまたハンカチが噛まれており、少し震えていた。
な…何で無理してまでこんな事してるのよこの人!
「捕まえた!探してたんだよリコ、
会えて嬉しいな」
彼は私の顔を見ながらそう言って笑う。
ち…近い近い近い!
「あー…トウマ先輩、リコに何か?」
カレンが怪訝な表情で言う。
「リコと仲良くなろうと思って探してたんだ!
昨日は急に婚約の話をしたからきっと困惑させたよね
…だからちょっとずつ仲良くなりたいと思ったんだ!
ね?それなら怖くないでしょ?」
怖いですが!?
「あの…その子ってちょっと怖がりというか…
男性が苦手なんです
あんまりくっつくとほら、蕁麻疹が…」
カレンが指さした私の腕には、ぷつぷつとできものが出来てしまっていた。
「わっ…ごめん!
男が苦手とは聞いてたけど
ここまでとは思わなかった
…俺も、女性にはあまり触れないんだ!
お揃いだね!」
彼はそう言ってにっこりと微笑む。
「もしルネ王子の事を引きずってるなら安心して!
俺の方が明るいし気さくだしいいやつだよ!」
彼の言葉にカレンは顔を引きつらせる。
わー!後ろにルネ様の婚約者がいるのになんて事を…!
彼は私の腕を掴み、そのまま私を引っ張り始める。
「あの!どこに連れてく気ですか!」
「素敵な場所だよ、楽しみにしてて」
私は腕をがっしりと捕まれ、成す術なく彼に連行される。
お、お助けをー!
…
彼に連れて来られた場所は、ダミー人形の並んだ魔術の練習場だった。
ここのどこが素敵な場所…!?
「君の魔術強化、速効性があるし火力も高くて素晴らしかった!
だからもう一度君の強化を見せて欲しいんだ
お願い、何でもするから」
何でも…なるほど…?
「もう私に近付かないで下さい」って言えば
私の平穏な生活が帰って来るって事ね!
「いいでしょう!引き受けました!」
彼は、ダミー人形を見やると
「…あの、真ん中の人形…
あれめがけて火炎魔法を撃つから
君はそれを強化して欲しい」
と言う。
そんなの簡単だ。
私は杖を構えた彼に祈る。
すると彼の火炎魔法はサッカーボール大からやがて彼の背と変わらないくらいの大きさの火球となり、ダミー人形をまとめて5体程焼き払ってみせた。
…何を隠そう、彼の見る目は間違ってない。
私の「聖女」としての能力は
優秀な部類だと自負している。
しかし…ルネ様は私の才能をあまり快く思っておらず、
婚約者である聖女が平民である事がバレるのを避ける為、
私に聖女の仕事をさせたがらなかった。
私にはこんな才能…要らなかったんだ。
彼は唖然と燃え盛るダミー人形を見つめると、
急に輝くような笑顔になり私の方向へ振り返る。
「凄い!ほんっとうに天才なんじゃないか!
こんな強化ができる聖女初めて見たよ!
やっぱり君は俺の期待した通り…いや
それ以上の逸材だ!」
彼は私の肩を揺すりながら言う。
喜んで…る?
「いえ、あの!確かにちょっと調子に乗って頑張ったけど!
あんまり能力を買われても困ると言うか…!」
「謙遜しないで、本当に凄いよ!」
「えへへ…そうですかね?」
久しぶりに褒められた事もあって、私の顔は思わずにやける。
彼は私のにやけ顔を見ると、少し固まり
「笑うとそんな感じなんだ…」
と呟く。
まずい!引かれた!?
私は「すみません!」と謝ると
すぐに顔を引き締めた。
「強化能力を見せてくれてありがとう、
約束は守るよ!何して欲しい?
君にぴったりのブローチを贈ろうか?
それとも何処か素敵な場所に連れて行く?」
彼は私の顎を持ち上げながら言う。
私は息を呑むと、勇気を振り絞り
「あの…!わ、私に金輪際近づかないで下さい!」
と声を上げる。
すると彼は少し驚いた顔をした後私から離れ、
「…近寄らないって、どのくらい?」
と尋ねる。
「どのっ…!?くらい…?」
「メートルとかで直すと、いくつ?」
め、メートル!?そんなの考えてなかった…
というか近寄らないでってそう言う意味じゃないし!
「い、1キロ…半径1キロくらい…!」
私言葉を聞き、トウマ様は箒に乗ってどこかへ姿を消してしまう。
良かった…伝わった…!
私が胸を撫で下ろしていると、突如校内アナウンス音が響く。
『それで、リコ!俺との婚約の話だけど勿論受けてくれるよね』
「!?」
恐らくトウマ様の物かと思われる声で、校内放送が流れる。
「ちょっとトウマ様!?その放送やめて…!」
『君より素敵な才能を持ってる人ってそうそういないよ!
より一層リコの事好きになっちゃったな』
聞こえてなさそう!これじゃあ私の意見が通らない分
より厄介じゃないの!
私は急いで放送室まで向かい、
「やっぱり近付いていい…!いいからその放送やめて下さーい!」
と声を上げた。
ーーーーー
「…私とバディを?」
放送室を出て、学校の裏庭にて私がトウマ様に尋ねる。
「うん!君も何度か経験してるよね?
マリス王族の序列試験!
それで1番を取りたいんだ!
その為に君と婚約したくって」
彼はそう言って笑う。
「わ…私は序列試験には参加してません、
ルネ様はご自分のお力で今の地位に上り詰めましたから…
それにその、女性…苦手なのでは?」
彼はおもむろに私の顔に触れると、
そのまま顔を近付ける。
「ひゃわ!?」
その手は微かに震えているが、ハンカチが無くても問題が無いようだった。
「うん…さっきも思ったんだけど…
俺、君に触れても結構平気だし、
君の事もっと知りたいって気分になるんだ
多分君が害のある人じゃないって感じるから…かな?
君となら婚約しても上手くやって行けそうな気がする」
彼はそう言って私を真っ直ぐ見つめる。
彼のヘーゼル色の瞳は、まるで金装飾のようでつい見惚れてしまう。
…というか…なんか…いつまで見てるの!?
せめて何か言ってくれたらいいのに!
そんなに見られたら…顔から火が出る!
私が動揺していると、二人の顔の間に本が挟まる。
た…助かった!
私が上を見上げると、そこには怪訝そうな顔のルネ様が立っていた。
「トウマ…さっきの放送は一体何なんだ?
学校の風紀を乱すような行動は慎め」
「放送…?ああ!昨日も聞いてたでしょ!?
彼女に婚約を迫っているんです!」
トウマ様は悪びれもせずに言い放つ。
しかし彼が笑顔になればなるほど、ルネ様の眉間の皺は深くなって行く。
…相性…悪そう…
「昨日貴様が言っていただろう、彼女は男性に苦手意識を持っているんだ
…きっと俺の事を引きずっているに違いない…」
彼は目頭を押さえながら言う、トウマ様は「おわ…」
と言葉にならない声を上げると呆れ気味に彼を睨む。
「昨日は貴様に邪魔されたが今日改めて言おう、
リコ、俺は責任を取りたい
王位継承権は破棄して、君と再度婚約を結んだって俺は構わないんだよ」
彼はしゃがみ込んで私に言う。
また言ってる…「可哀想だから婚約してあげようか」って言いたいわけ?
…そんなの…惨めだし、何より…
昔ルネ様言ってたじゃない、「王様になりたい」って。
私のせいで夢を諦められたって困るんですけど…
「…あの…嫌です…それ…」
「どうして?もしかして気になっている男でも…」
彼は私に詰め寄り、手に触れようとする。
瞬間、彼が言い切る前にトウマ様の手がそれを払った。
「だー!もうやめろって!
そんな風に言われて誰が首を縦に振るんだよ馬鹿兄貴!」
「なっ…ばかあにき!?」
「リコは兄さんと今話したくないどころか顔も見たくないの!
ちょっと考えればわかる事なのに彼女の周りをうろちょろと…!
ルネ王子、今度の日曜日に俺はあなたに決闘を申し込む!
俺に負けたらリコを諦めて、いい!?」
彼はそう言ってルネ王子を指さす。
決闘!?確かにルネ様には会いたくないって思ってたけど…!
そんな大事にされても困るよ!
「い…いいだろう…受けてやる
貴様こそ負けたらリコに関わらないと約束しろ!」
「あ、あの…!考え直しませんか!?
私は別に気にしませんので」
「「俺が気にするの!」」
わあ…二人とも冷静さを欠いている…!
何だか…とんでもないことになってしまった…!
ルネ様が「風紀委員の仕事がある」と言って不機嫌気味に帰った事で、
一旦場の空気は軽くなったが…
「…ごめんね?急に変な事に巻き込んで
あ!君は決闘には参加しなくていいよ!俺が何とかするから」
「え…お一人で…決闘を?」
ルネ様にはカレンって言う優秀な聖女が付いているのに…
誰もいない状態では負け戦では?
「うん…その…代わりさ
試合…絶対に見に来て欲しいんだ」
彼はそう言って再び私の顔を真剣な顔で見つめる。
再び彼の手が私の頬へ伸びるのを察知すると、私は咄嗟に後ろに下がり
「けっ検討しまーす!」
と言ってその場を走り去った。
また逃げてしまった…!
でも試合を見に行ったら絶対目立つだろうし…!
あーもう、どうしてこうなるのかしら!
ーーーー
リコに逃げられた翌日、
トウマは生徒会室でため息を吐く。
「…困ったなー…」
生徒会の資料を眺めながら呟く。
俺はリコの事を考えて仕事が全く手に付かなくなっていた。
「どうしたの?そう言えば昨日変な放送してたけど…
生徒会の権力悪用して好き勝手するのやめてよね」
金髪の少年、会計のフランがため息を吐きながら言う。
「それがさあ…前話した『リコ・エミリ』と
婚約したいけど上手く行かなくて…
彼女、例の『最強の聖女』でさ
ルネ王子の元婚約者らしいんだ」
「リコ…ああ、あの子だったのか
あのいつもカレン嬢の影に隠れてびくびくしてる…
いくら聖女としての才能があるからって
あんな平民のどこがいいの?」
「彼女、いい人だし
結構勇敢だし…
笑った顔がすっごく可愛いんだ…!
ルネ王子はどうしてあの子の婚約を破棄したんだろう?」
俺が尋ねるとフランは少し宙を見て首を傾げた後少し悪戯に笑うと
「…そりゃ…カレン嬢と婚約したんだしそっちに惚れたんだと思うけど…
ルネ王子、中等部の頃魔法が下手だったろ?
リコ嬢って聖女だし、逆にルネ王子が捨てられたのを
隠してるとかだったら面白いよな!」
と言う。
いや、彼女に限ってそれはあり得ない。
ルネ王子の事が少し気になるな…
どうしてリコを捨てたんだろう?
裏庭で会った時はリコに未練がありそうだったのに。
でもリコに理由を聞いたってトラウマを掘り起こすだけだし…そうだ!
ルネ王子に直接聞けばいいじゃないか!
俺は勢いよく席を立つと、
「明日は真面目にやるから今日はもう帰るね!」
と言って教室を出る。
俺を見送るフランは呆れた様にため息を吐いていた。
…
俺は校内を見渡しながらルネ王子を探す。
彼は委員会があるからまだ帰っていないはず…
そして俺は彼を見つけると、大声で彼を呼び止めた。
「にいさ…ルネ王子ー!ちょっとお話いいですか!」
ルネ王子は少し体を震わせると、驚いた顔で俺を見た。
「な…!何なんだ急に!」
「ルネ王子って何でリコとの婚約破棄したんです?」
俺が勢いのまま尋ねると、
彼は動揺した様子で「はあ!?」と声を上げる。
「何で決闘する貴様にそんな事を答えなきゃいけないのか…!」
「答えてくれたらリコとの婚約を考え直すかも知れないですよ?」
俺が彼の耳元でそれを囁くと、彼はピクリと反応する。
「し…しかしそんなの俺が決闘に勝てば関係の無い事…」
「リコとの仲を取り持って差し上げても構わない」
「ほ、本当か…?」
「貴方の態度次第ですけど」
彼は俺の言葉に口をもごもごと動かした後、
「あまり大勢の前で聞かれたくない」
と場所を変えるよう提案して来た。
…ルネ王子に連れて来られた図書室で、
俺は目を輝かせながら
「それで、どうして婚約を破棄したんです?」
と尋ねる。
「…彼女が…聖女としてあまりに有能だったから…」
「…へえ?」
「俺には魔法の才能が無く
丁度彼女と婚約してからというもの
魔術が上達し始め…
風紀委員にも選ばれ順風満帆だと思っていた頃に
妙な意地が出てな…」
『リコ、もう俺の為に祈るのはやめなさい
俺は君がいなくても強い』
「…リコは…貴様の言う通り天才だったから…
他の魔術師に狙われるのも嫌だったし
何より彼女の能力目的で婚約していると思われたくなかった」
…あれ…この人…もしかして…
リコの事本当に好き…なのか?
「しかし序列試験で二度目の1位を取った時、
俺はカレンに教えられたんだ」
『リコはあなたにバレない様に祈っていましたよ』と…
「俺は強化されている事にも気付かず強くなった気でいた
自分の未熟さに怒り、それをリコにもぶつけてしまった
…俺を思って祈ってくれていただろうに…
『平民の女が婚約者だとバレたらどうするんだ』等と
取り返しのつかない事を言ってしまったんだ」
「それは最低だ」
「み、みなまで言うな…
その後、彼女に謝罪し
外出等なるべく二人の時間を増やしてはみたのの…
これもカレンから教えられた事だが」
『貴方様の言葉にリコはとても傷付いていました、
もう顔を見るのさえ辛いと…』
「…そのような事になってしまっては…
離れるしかないだろう?」
彼は悔しそうに拳を握る。
ふーん…婚約は破棄したけど彼女の事は好きだったんだ。
それなのにあんな変な絡み方ばかりしてたのか…
「兄さんって、魔法だけじゃなくて性格も不器用なんですね」
俺はそう言って彼に笑いかける。
彼は俺の言葉が刺さったのか「うっ」と
小さい悲鳴を上げて胸を抑える。
「リコにはこの事…絶対に言うなよ」
なーるほど、リコとの婚約で一番の障害はこの人だと思ってたんだけど
…多分違うな。
本当に何とかしなきゃいけないのは…
ーーーー
「カレン…!凄い事になっちゃったよ!どうしよう!」
トウマがルネと話している頃、
リコは人のいない教室でカレンに泣きついていた。
「確かに大変なことになっちゃったね…
私も決闘に参加する事になるだろうし…」
カレンはそう言って私の頭を撫でる。
「リコはどうなの?どっちに勝って欲しいとか…」
「正直…どっちが勝っても複雑だよ
あーあ…カレンが私の事貰ってくれるって話だったら
カレンを応援したのになあ」
「大丈夫、ルネ様側で私頑張るから…!
ルネ様が勝ったら私と内緒で打ち上げパーティーしましょ!
もうトウマ先輩に言い寄られなくなる記念に!」
…トウマ様に言い寄られなくなる…か…
私…別に彼の事嫌いな訳じゃないから
それはそれで寂しいかも、なんて…。
「…リコ?どうかした?」
「あ、ううん!パーティーしたい!楽しそう!」
私が言うと、突然教室の扉が開く。
「あっ!ここにいた!リコ!
急に会いたくなって探してたんだ
…カレン嬢も一緒?」
彼はそう言って少し警戒した様にカレンを見る。
「トウマ様…何度もお伝えしておりますが
リコは男性が苦手なのです
私、ルネ様と共にあなたを倒しますから
リコに執着するのはやめて下さいませ」
カレンは、珍しく敵意むき出しでトウマ様に言い放つ。
彼はいつもの輝くような笑顔を曇らせカレンを少し睨むと
「執着してるのはどっちなんだか…
少なくとも俺は嘘吐いて婚約者と引き離したりしないけど?」
と言う。
え…それって何の話…?
カレンは少し怯むと、黙り込んで俯いてしまう。
「ルネ王子から少し事情を聞いたんだ…
彼女がこっそりルネ王子の強化をしている事をバラしたり
リコが言ってないような事をルネ王子に吹き込んだろ?
彼が不器用だからリコ本人に真意を聞けないのを逆手に取って…」
「うそ…そんなの…カレンがする訳…」
「信じられないなら今からルネ王子を呼んで確認しようか?
きっと矛盾が出てくると思うけど」
「カレン、嘘だよね?ルネ王子を呼んで頂こう!
彼はきっと何か誤解して…」
私が言い切る前に、カレンは唇を震わせた後
「…そうよ」と呟いた。
「え…」
「ルネ王子…あの男、リコに釣り合わないんだもの
リコが婚約者って事いつまでも隠して、
聖女の仕事すらさせないなんて…!リコへの侮辱だわ!可哀想…!
だから…だから、破局するように仕向けたの!
で、でも彼も悪いのよ!?リコに少しでも確認すれば、
私の嘘なんてすぐバレた筈!
それすらできなかったって事はやっぱりリコを愛してなかったのよ!」
彼女は震えた声で言い切ると、
「私の方が…リコを愛してるわ…!」
と言って涙を流した。
…そんな…そんな事って…
ルネ様は…カレンに惚れたから婚約破棄したわけじゃないの…?
じゃあどうして…
私が考えていると、
「行こうか、リコ…君に見せたい景色があるんだ」
と言ってトウマ様が私の手を引く。
…震えて…ない…。
「ま、また魔術訓練場ですか!?」
「ううん、今度こそロマンチックなとこ」
彼はカレンを一瞬睨むと、そのまま私の手を引いて教室を後にしてしまう。
…私は彼女になんと言葉をかけていいか解らず、
かといって一緒にいれるような心境でもない。
彼に身を委ね、別のどこか遠い場所に連れて行って貰える事を何処かで期待していたのだった。
…
私が連れて行かれた場所は、街が一望できる高台だった。
夕焼けが街を優しく包んでいて、涼しさも相まってここにいると少し安心できる。
「素敵でしょ?夜になると街灯が星空みたいに見えて綺麗なんだよ」
トウマ様はそう言って笑う。
…彼って…本当に絵になるお姿をされているな…
異性に嫌な思い出があるって言ってたけど、本当なのかしら?
私の心の声を読んだみたいに彼はばっと私の方に振り返ると、
「俺の話し、少しだけしていい?」
と言う。
「…どうぞ…」
「俺ね、ずっと好きな女の子がいて…
歳上で、凄く気品のある聖女だったんだ」
トウマ様の好みってそういう感じなんだ…
私とは…真逆のタイプだな。
「3年前、勇気を出してその人に告白したらオッケーされてさ!
凄く舞い上がってたんだけど…
蓋を開けてみれば彼女は
一番上の兄さんと婚約する予定で…
俺の事揶揄う為に1年だけ付き合ってくれたんだって」
彼は伏せ目がちに言う。
いつも元気な彼がこんな顔するなんて…
「酷い…」
「そう!酷いんだよ!
俺、元々母が平民出身で…
兄弟達に馬鹿にされてたの
だから俺、それから女性が苦手なんだ
どう?ちょっと親近感沸いた?」
彼はそう言って私の顔を覗き込む。
「はい…実は私もよく平民と揶揄されますし
…それが原因でルネ様にも婚約を公表して貰えませんでした」
私が無理に笑うと、彼は少し物憂げな顔をする。
あれ、何かまずい事言っちゃったかな!?
「あ…でも苦手ならば、無理に女性と関わらなくとも…
聖女とバディを組まなくても第4王子の階級にいれるって事は
よっぽど才能がおありなのでしょう?」
「やだ、俺王様になりたいんだもん
それで平民と貴族の軋轢をもっと無くしたい!
俺みたいな奴が困らない様にね
独善的だと思う?」
そっか…彼は彼なりに事情があったんだな…
だからあんなに無理してまで私に婚約を迫ってたんだ…
「…いえ…それで救われる人…
きっと沢山います
私も…そうなったら、嬉しいです」
「じゃあ婚約してくれる!?」
「え!?いや…何でそうなるんですか!」
私は照れながら顔を背ける。
すると彼は私の方に向き直り、真剣な顔で私を見た。
「リコ…俺本気なんだ
確かに君の能力が欲しくて婚約を迫ってるけど
ちゃんと君の事…好きになれる気がする
だから、これも伝えておくね」
彼は私に近付き、髪を撫でると
「ルネ王子は…婚約破棄はしたけど
君の事が好きだったみたいだよ」
と言い放つ。
「…え…」
ルネ様が…?
さっきの話からして、カレンに惚れたんじゃないにしても、確実に嫌われていると思っていたのに…
「口止めされてるから詳細は言えないけど
今でも君の事想ってるみたい」
「そっ…か…」
私は少し安堵した様に笑う。
「彼の事、好きだったの?」
「勿論…私、中等部の頃男の子にいじめられてて…
それをルネ様に庇って頂いた事があるんです
それから…男性恐怖症が改善したんですよ」
私は彼との優しい思い出を反芻する。
「彼、魔法が苦手で…
序列試験で結果を出せないって悩んでたんです
だから、魔法を強化してあげたら
すっごく喜んで…」
『君となら王様にだってなれる気がする!
そしたら…俺と結婚してくれるかい?』
「自信が持てる様になった彼は
王様を目指すようになって…
…でも、次第に私は聖女の仕事をさせてもらえなくなりましたけど」
私はそう言って肩を落とす。
この才能には自信があった分、
「俺の為に祈るな」と言われた日は少しショックだった。
「…まだ、彼の事好き?」
…何も知らない状態だったら…即座に首を横に振っていただろう。
でも、いざ彼の気持ちを聞いてしまうと
迷いが出てきてしまう。
「…わかりません…」
私が言うと、突然彼は私の体を抱き寄せる。
「今…ちょっと嫉妬したかも」
彼が私の耳元で言う。
「あの…こ、こんな密着して…大丈夫なんですか?」
「大丈夫…全然嫌悪感ないよ
もっと触れたいくらい」
何でだろう…ちょっと嬉しい…かも。
私の為にルネ様の気持ちを聞いてくれた事もそうだし
最初震えてた手が、止まってる事も…
「リコ、日曜日会場に来て俺の事応援して!」
彼は少し体を離して私に言う。
彼と婚約したら…私も
楽しくやっていけそうな気が少しだけする。
でも、ルネ様の事をまだ忘れられた訳じゃない。
私が悩んでいると、
「見てるだけで充分…応援になるからさ」
彼はそう言って恥ずかしそうに笑った。
ーーーー
…日曜日、私は限界まで悩んだ末決闘の場所まで赴いた。
舞台はマリスの総合競技場で、そこそこの人が観覧に来ているのが解り少し気まずい。
トウマ様は私を見つけると、嬉しそうに手を振る。
「来てくれたんだねリコ、嬉しい!
良かったらグラウンドに上がって見てて、
一応君の事聖女として登録してあるから」
私は彼の促すままにグラウンドに入ると、
寂しげな表情で私を見つめるカレンの姿があった。
「あ…えっ…と…」
「リコ…ごめんなさい…私…
リコの為と思って酷い事を…」
彼女が言い切る前にトウマ様が割り込むと、
「話は決闘が終わってからにして」
と言い放つ。
…少し遅れて、ルネ様もグラウンドに入って来るとトウマ様を睨む。
「リコを聖女として使うつもりか?
…彼女の才能が明るみになれば
多くの男が彼女を求めるぞ」
「彼女は見てるだけ!
無駄口叩いてないで持ち場に付けよ」
彼らは持ち場に付くと、
審判の合図によって睨み合う。
…マリスの決闘は魔法で戦って膝を付いたら負けなのよね…
どっちを応援したらいいんだろう…
先に仕掛けて来たのはルネ様だった。
彼は5つの火球を召喚するとトウマ様に当てる。
あ…ちゃんと狙えてる…ルネ様、私の強化がないと全然魔法が当たらなかったのに…
「お前の事はずっと気に入らんと思っていたのだ
よりにもよってリコの能力目的が目的で
婚約を迫るとは…」
ルネ様は火球を必死に避けるトウマ様に言い放つ。
「まあ最初はそうだったけど…
今は色々他に好きなとこもあるから!
ルネ王子こそ婚約破棄しといて
未練たらしくリコに付き纏うの
すっげえかっこ悪いよ!」
トウマ様が言うと、ルネ様は図星を疲れたのか魔法のコントロールを間違え何も無い場所に火球を投げてしまう。
トウマ様も風魔法で反撃しようとするが、
相手の質量が多すぎて少し押されている。
…彼、運動神経がいいのか先程から軽快に魔法を避けてはいるものの
このまま疲労するまで長引けば負けてしまいそうだ。
「うるさい!貴様に何が解る!
こっちだって好きで婚約破棄した訳じゃ無いんだ!」
「知るか!カレン嬢の話を鵜呑みにして事実確認も無しに破棄するなんてどうかしてるね!」
トウマ様…何だかまるで、
情報を引き出す様な煽り方してる…?
トウマ様の劣勢は続き、単純な魔力の量で押され続けているのを、身体能力でカバーしている様だった。
「彼女との婚約を公表しなかったのも酷いよ!
平民と婚約してるのがそんなに恥ずかしかったの!?」
「違う!さっきも言ったろ!
表に出せば彼女を狙う男が後を絶たないからで…!」
え!?そうなの?初耳…!
てっきり恥ずかしがられてるのだと…!
「聖女の仕事をさせなかったのも?」
「そうだよ!彼女の能力目的で寄ってくる男を避ける為だし…
能力目的で婚約していると思われたくなかったんだ!」
トウマ様…もしかして…
勝つつもり無いの?
ルネ様の情報を引き出す為に戦ってるんじゃ…!
トウマ様の足に、ルネ様の火球が当たる。
彼も疲れて来たのか、動きのキレが落ちて来ている様だ。
「なら何で本人に説明してやらないんだよ!
あんたが言葉足らずなせいで…
彼女がどれだけ傷ついて来たと思ってる!」
…そうよね、不器用なルネ様の事だもの、
きっと私が普通に聞いたって教えてくれない。
だから、こんな形で私に真意を伝えようとしてくれたんだ…!
「ふん、減らず口を…」
ルネ様はトウマ様を取り囲む様に火球を召喚する。
こんな物を受ければ、動きの鈍くなった彼では避ける事が出来ない。
火球が降り注ぎそうになった時、彼は咄嗟にシールド魔法を展開する。
その時、私は彼に祈りを捧げた。
すると、彼の全身を覆ったシールドは
火球を全て防ぐ。
トウマ様は少し唖然とした様子で私を見ると、すぐにいつもの笑顔に戻り私に目配せする。
私は頷くと、彼の召喚した火球を会場を覆うほどに増やしてみせる。
会場は熱気で視界が歪み、観客はどよめいていた。
「俺の勝ちだね、ルネ王子」
彼が言うと同時に、大量の火球がルネ様の元に降り注ぐ。
…これは、流石に避けられないよね…
少し不憫にも思いつつ、私はトウマ様にブイサインをして見せた。
…幸い、シールド魔法のお陰で傷は浅かったものの、
ルネ様の服は火球に当たりボロボロになっていた。
「…俺の負けだ…もうリコには近づかない」
決着の後、彼は寂しそうにトウマ様に言い放つ。
「…その前に…リコに何か言う事無いんですか?」
トウマ様はそう言って何かを促す。
「あっいや、謝罪なんて結構ですので…!」
「そうじゃなくて…ずっと思ってた事の方」
トウマ様に言われ、ルネ様は顔を赤らめると
息を呑んで私の方へ向き直る。
「…色々と…勘違いさせてすまない
俺は…ずっと…君の事が、好きだった」
彼の真剣な眼差しが刺さり、思わず頬に涙が流れる。
「…はい、私も…ルネ様の婚約者でいれた時間は、幸せでした」
私が答えると、ルネ様の顔が綻ぶ。
「では、もう一度婚約を」
「あ、それは…大丈夫です」
「え」
試合中ずっと思っていた事だが、
彼はあまりにも…不器用すぎる。
いや、不器用なんて可愛い言葉で終わらせていいレベルじゃない、
言葉足らずすぎるのだ。
彼の真意を知り、
切なさや劣等感は消えた…しかし、今度はふつふつと小さな怒りの感情が湧いてきている。
「ルネ様は…もう少しコミュニケーションの取り方を学習された方がいいかと思います…!
私も人の事を言えた義理では無いですが…!」
私が言うと、トウマ様とカレンが小さく頷く。
「カレン、貴方の行動も行き過ぎてる!
貴方のやった事って最低よ、解ってる!?」
「…ごめんなさい…」
「ルネ様とカレンはしっかり反省して下さい!…以上です」
「…え、そんなんで許しちゃっていいの?
カレン嬢に関してはまた同じ事するかもよ?」
トウマ様が焦った様に言う。
「…大丈夫…でしょ?
トウマ様は私から…
簡単に離れたりしませんよね?」
私は、熱くなった顔を俯かせながら言う。
「えっ!それって…!
婚約してくれるって事!?
やったー!」
彼は思いっきり私に抱きつく。
その手は震えておらず、私は安堵した。
ーーーー
それからというもの、私は試合の事を耳にした魔術師達に毎日婚約を迫られる様になった。
トウマ様が追い返して下さってるが、若干いらない仕事を増やしてしまったようで…
私の存在を秘匿すると言うルネ様の判断は間違っていなかったのかも知れない。
ルネ様はあれからもちょくちょく顔を出しては私に「元気か?」「上手くやってるか?」
等お父さんの様な質問をしてくる。
カレンはというと自らルネ様との婚約を破棄して、反省の為聖女の力を鍛える為の修行に出かけたらしい。
「疲れたー!リコ、ハグしていい?」
「どうぞ」
「はー落ち着く…リコに触ったら疲れとか無くなっちゃう」
私達の関係は…特に急展開を迎える事は無いが
「ねえ、ほっぺにキスしていい?」
「…ど、どう…ぞ…」
すこーしずつ、進展しているかも知れない。