刃傷 ~もうひとりの冴子の物語~
今日は月曜。 月曜真っ黒シリーズです。
私の名前……『佐藤冴子』と『私の顔』はいずれも借りて来たもので、本当の私の物ではない。
その訳を話すは……私の爛れた過去に繋がる。
当時の私は“消費されるのみ”だった女を脱却すべくSNSを用い、手広く援交をやっていた。
そんなある日、とある団体のドラ息子が客になった。
そいつはきっと……犬猫を虐待の上、殺すヤツなのだろう。
私は殺されはしなかったが、ソイツから顎を砕かれ半殺しの目に遭った。
バスルームで力尽き、血まみれのまま動けないでいると……ヤツの取り巻きが私を“処分”しにやって来た。
でも私はこう言った時の用心の為に、“行為“の前に隠しカメラを仕込んでおいたから……この暴行の一部始終の録画は既にクラウドに上げて7時にはSNSを通じて配信される手筈にして置いた。
喋れない私はスマホに文字を打ち込んでそいつらにこの事を伝え、最終的に私は新しい戸籍と“顔”を手に入れた。
せっかく別人になれたのだからマジメに生きようとはしたのだが……やはり上手くいかず、結局またカラダを売る事になった。最も今度はある程度の安全確保の為、キチンと“店”に所属したのだが……
行き当たりばったりの私は、店では源氏名を使わず、今の“本名”そのままに『佐藤冴子』の名刺まで作る(最終的には名刺の上では主任に昇格した)という狂気の沙汰をやらかし、適当に客を取っては糊口を凌いでいた。
その数年の間に今の社長に出会い、一日限りの恋人となった“あかり”を亡くしたのをきっかけにフーゾクから足を洗って社長の会社の正社員となった。
けれどあかりの居ない毎日に耐えられずに彼女の後を追う事を決心してあかりの実家にお墓参りに行った時、おばあちゃまに拾われ、一緒に生活する内に孫の英さんの事を愛してしまった。
でも罪深い私は英さんの愛を受ける資格など無く、私は彼の元から逃げ出した。
今の私は……あかりをもう一度この世に産み戻す為と英さんに不実を重ねる事によって彼から遠ざかる為にオトコ達と交わり、根無し草の様に浄水器の新規開拓をして日々の糧を得ている。
なぜこんな話を長々したかと言うと……私の今の苗字である『佐藤』と同じくらいにありふれた『鈴木』と言う苗字に纏わる出来事だからだ。
私が扱う浄水器の飛び込み営業で『鈴木』と言う名の表札の下のインターホンを押したらこちらが名乗る前に『お待ちください』という切羽詰った男の声がした。
どうやら不味いタイミングらしい……
“ピンポンダッシュ”を決め込もうかと思う間も無くドアが開いて出て来た男の顔には見覚えがあった。
地方から出張した時にいつも私を“指名してくれた”常連さんだった。
余りにもありふれた苗字なのでこの人も本名を名乗っていたのだろう。
「鈴木さん?!」
「冴ちゃん?!」
と、顔を見合わせた次の瞬間
「そのオンナなの??!!」と金切り声がして“奥さん”が物凄い勢いでこちらへ突進し、手に持った包丁を私の肩口に振り下ろした。
その衝撃で玄関に片膝を付いた私は手を肩にやった。
スーツの肩口がカギ裂きになり、千切れた髪の毛がザラリとしたが血は流れていない様だ。
『ああ、私は今日ここで死ぬのかなあ……誰かと勘違いされている様だけど……それでもいいか……』
久しぶりに行き当たりばったりの私が顔を出す。
でも玄関に並べられている靴の中にキャラクターのイラストが描かれている物があった。
ダメだ!!
この子の為に
努力しなくては!!
私はシャツのボタンを外して襟を寛げた。
「刺すのならここ!確実に頸動脈を狙って! 私は覚悟は出来ている。でもあなたには覚悟はある?」
奥さんの包丁を振り上げる手が止まった。
「子供は殺人犯の親を持つ事になるけど」
私の言葉に奥さんは叫び声を上げて包丁を捨て、飛び掛かって来た。
『一度壊れてしまった私の顔にはもう後が無い。生きていく以上顔が無ければ仕事もできない』
だから私は顔を庇いながら奥さんの“殴る蹴る”を一方的に受けた。
「本当に申し訳ございません。私はあなたのご主人とはお金だけの付き合いですが、結果的にはあなたが汗水垂らして稼いだお金をも貪っていたのかもしれません」
せめてこう言う事が二人にとっての罪滅ぼし。
その内に……
鈴木さんも奥さんと一緒になって私に暴行を加え、私を外へ蹴り出した。
「二度と来るな!!売女め!!」
そう、それでいい。
そして私が出来る事もここまで。
立ち上がった私は閉じられた玄関に一礼し、破れたスーツを丸めて手に持ちキャリーバッグを曳いて駅へと向かった。
痛みはまだやって来ない。
◇◇◇◇◇◇
ビジネスホテルで裸になり、体に付いた傷を確かめ可能な限りそれを写真に収めた。
そして裸のまま社長のケータイに電話を掛けた。
「ドジ踏んだよ。営業で飛び込んだのが昔の客の家だった」
『だってお前!今、四国だろ?!』
「ハハハ、まさかとは思ったけど、出張のたびに私を呼んでくれた客でさ。さすがに驚いた」
『何かされたのか?』
「ああ、主に奥さんから。勿論、こっちからは手どころか名刺すら出して無いけど……ご近所さんには何軒か飛び込みしていたから会社に問い合わせが来るかもしれない。 だから後々会社に迷惑が掛からない様に、暴行された事については診断書を取るよ」
『診断書って?! お前!大丈夫なのか?!』
「大丈夫でなきゃ電話できないだろ?」
この私の言葉に電話の向こうから大きなため息が聞こえて来た。
『冴子!』
「悪いね。迷惑かけて」
『帰って来い! お前のしょっている荷物は全部オレが背負ってやる!!』
「だったら余計ダメだね!」
『何でだ!!』
「そんな事を言うアンタにはもう二度と抱かれてやんないし、アンタの子供は間違っても産めない!」
『バカヤロウ!!意地なんか張るな!!』
「人をバカ呼ばわりするなよ。それに意地を張ってるわけじゃない。分かってくれとは言えないけど……こんな私のワガママを大目に見てくれて歩合契約を切らないでくれればありがたい」
『……頼むから体だけは大切にしてくれ』
「そんな女々しい言葉、アンタらしくないよ」
『バカヤロウ!前回の実績分、金振り込んであるからな!今後も新規開拓頼むぜ!』
「ああ、任せてくれ」
肩と耳で挟んでいたスマホを外すと……スマホに隠されていた刃傷からジワリ!と痛みがやって来た。それに伴い全身に付けられた傷からも……
私に向けられた怒りが実体となって私を苛む。
それは当たり前の事だ。
一体私は……
どれだけ罪を犯し
どれだけの人々の家庭を壊してしまったのだろう
その事を悔いながらも
「こんなに傷が有っては、オトコはしばらく抱けないな」とアタマの片隅で考えてしまう私は……『あかりを産み直す』と言う事を言い訳にした、ただの色情欲に塗れたオンナなのか?
例え恋人だったとしても!!こんな罪深いオンナにあかりは“降りて来て”くれるのだろうか?
その夜、私は……罪と痛みと自己嫌悪に苛まれながら独りベッドの中でむせび泣いた。
おしまい
このお話は、代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後 煙草のけむり ②』の中盤から話は分岐した“もうひとりの冴子さん”のお話です。
賭けに勝った社長の言葉に乗っかって冴子さんは社長に抱かれます。 その翌朝がこの物語の始まりでした。
元のお話はこちら
https://ncode.syosetu.com/n4895hg/22