レッスン3 化粧水と筋トレだ!
「お待たせ!」
昨日に引き続き、駅前で落ち合う。今日の永野くんの服装は……えっと、UDON……うどん? でも描かれているイラストはラーメンだ。いやいや、どういうチョイスなのだろう……。しかし、私も同じく人のことはいえない。ねずみ色の薄手パーカーにオレンジ色のワンピース。昨日と同じく姉に「うわダサッ」といわれたのだ。
「化粧水を買いに行きましょ」
ちょっと大きなショッピングモールに向かう。たしか矢印良品は3階にあったはずだ。
「まずは洗顔料の見直しね。あと化粧水と乳液……コットンも」
「とりあえずカゴ、持ちますね」
それぞれ2個ずつ入れていくと、一気に重くなった。察したのか、永野くんはさっと私の手から奪うようにカゴを持っていく。
「……ええと、この後の予定は?」
「まだ作戦会議の途中だもの、当然ウチにきてもらうわよ」
「わかりました、あの、じゃあ手土産を……」
気を使っているのだろうか。
「要らないわ、どうせ家には誰もいないし」
「……誰も、いない!? あっいやっ、大丈夫です」
コホンコホンと何度も空咳をして、永野くんは挙動がやや不審になった。いや、いつもか……。
「俺は空気ですから」「心頭滅却」「そんな別に、2人きりだからって別に」と昨日と同じように呪詛をつぶやいている。それにしても彼の呪詛バリエーションは豊かすぎる。
「それで、今日はどうしましょうか」
「まあ、お互いの髪型については、今度考えましょうか。あとは、そうね……」
私は、もう一つの切り札雑誌を出した。
タータンという本だ。
ボディビルダーや筋肉好きな人たちから、絶大な人気を誇っている雑誌だ。有名な俳優が、ここぞとばかりにタイヤを片手で持ち半裸で隆々たる大胸筋を見せつけている表紙。見出しは『男は筋肉、筋肉こそ全て』と書いてある。
「ずいぶんと振り切ってますけど……」
「この見開きページを見て。モテ男はタイヤを持ち上げる!」
「そうですかね……?」
懐疑的な永野くんに、私はページの副題をぐいと改めて見せつける。
「筋肉で女を黙らせろ」
「ずいぶんとアグレッシブですけど大丈夫ですか、その本」
「比喩よ。こういう風に筋肉を見せつけてイケメンっぷりを見せて惚れさせればいいのよ」
「半裸でタイヤを掴んだ男が迫ってきたら、怖くないですか?」
至極まっとうなことをいい、永野くんはパラパラと雑誌をめくる。まるでイケメンたちが魅せ筋をしている――ポーズ集だ。
「矢崎さんも……好きなんですか」
問われ私は唸った。
「まあ……好き……かなあ……? わかんないけど……」
周りにこういった人間がいないせいもあるが、いまいち想像できなかったのだ。ただ何もしないよりかは、筋トレして爽やかな方が良い気もする。
「でもいいたいことは、わかりました。サッとシャツを着ていても、確かに、すごくカッコいいです……腹筋までみごとに割れてますし。じゃあ俺も、今日から筋トレします。体力づくりでジョギングもかな」
「それじゃあ、これも持ってく?」
初心者がやるトレーニング、という付録が袋とじでついていた。それをまるごと切り離して永野くんに手渡すと、彼は真剣な瞳で私を見てきた。
「絶対に、筋トレやります」と。