レッスン2 外見を整えよう
「お、おじゃまします……」
借りてきた猫のような大人しさ(もとから大人しいか)の永野くんは、玄関先で靴を揃えてあがりこむ。
部屋に入るなり「ちょっと展開早くないですか」「本当にいいんですか」「生きててすみません」「リア充っぽくて死にそうです」「大丈夫です、いやどうかな」と呪詛のようにつぶやいていたが、ひとまず全てスルーした。
姉の部屋から持ち寄ったオシャレ雑誌をテーブルの上に広げ、流行りの雑誌や人気のある人々を紐解くことにしたのだ。
「たくさんの雑誌と本を用意したのよ、一緒に研究しましょう」
なにせ私の姉は近くの服屋で週末バイトをしている。自称オシャレ名人なだけあって、雑誌をよく買っているのだ。お願いしたら快くいくつか貸してくれた――冷蔵庫のプリンを犠牲にして。
「これはどう? ヤンヤン……特集・女の子をオトす技! これで今日からアナタもチャラ男化待ったなし!」
「チャ、チャラ……? それは……俺の論理的にダメです! というより、なんか、この雑誌はちょっと様子が違います……!」
「そう、なの」
取り上げられてしまった。
「大丈夫、最終的に勝てば良い! 100戦99敗1勝のコツ!」
「ダメですって! 大負けしてるじゃないですか!!」
うーん、確かに姉が持っている男性誌は、ちょっと難があるものが多いようだ。これでもない、あれでもないとパラパラとページをめくっていく。
「そうねえ、イマドキ男子高生の美肌術、なんてのは?」
「マトモそうなのがやっと……」
永野くんが嬉々とした声をあげ、こちらを向いた。ついでにあごをぐいと持ちあげ、彼の顔をまじまじと見つめる。
「……ちょっと、あの、なんですか……?」
「そうねえ……眉と肌かなあ」
「はあ」
やや逃げ腰となっている永野くんは、私の行動に眉をひそめた。私は書かれていた化粧水のページを見開きにすると、イケメン男子高生の写真に、これだとばかりに指をさした。
「プチプライスで美肌男子……!」
「そうよ、まずは美肌を手に入れるのよ」
みんなの味方、矢印良品の化粧水だ。パッケージのデザインはシンプルながらに、品質は定評がある。さらには比較的安値である化粧水や乳液関係の手入れ用品。
あとでこれは一緒に買いに行こう。
「そうね、じゃあ明日……化粧水を一緒に買いに行こう? それでニキビを治してと。あとは……今日は何ができるかなあ、眉毛を整えてみようか」
まじまじと見つめ、頬をぺたぺたと触ってみると、永野くんはかあっと赤くなった。
「……あの、さっきから近いんですけど」
「でも、ほら、やらないと」
彼の額の前髪をあげてみる。髪の毛とか眉毛でとってもわかりづらかったけど……もしかして、永野くん……顔立ちとしては、悪くない……? というより、むしろ、これ、相当にかっこいいのでは……?
「自分でやりますから……」
永野くんの顔は耳まで真っ赤になってしまっていた。慌てて手を離す。
「それに……やるのは俺だけじゃなくて、矢崎さんもでしょう。ほら」
永野くんにページを見せられた。そこには、かわいらしい女の子が化粧水を持って満面の笑みを浮かべている。
「よく見ると、木崎さんとこの雑誌の女の子――顔立ちが似てますよね。だから、メイク次第で、こういう風にできるんじゃないですか?」
似ている……? 手鏡を持って雑誌の子と私の顔立ちを比較してみる。似てなくはない、のかも。でも、いけ……いけるのだろうか。
本当に?
メイク次第で?
何度も見返していると、今度は永野くんが私の頬に手をあててきた。思ったより厚い手の皮、大きな手、暖かな感触に思わずびくりと反応した。
「え、なに!?」
「さっき、俺にやってきたでしょう。どうです、気持ちがわかりましたか」
「……なるほど、確かに」
……顔が近い、といわれたのは本当だった。 同じことをされて、初めて自分が「やられて恥ずかしいことをしていた」ことに気が付く。永野くんの手を掴んで、ぐいと押しのけた。自分の顔が熱を持っていることに気づいて、本を持ち上げ顔を隠した。誤魔化すように、永野くんから視線を外して――。
「今日は眉毛を整えて……明日は化粧水ね!」
「じゃあ、明日も……よろしくお願いします」
こうして、お互いのプロデュース1日目は終了した。
明日からまた続きをすることになるのだが、果たしてこんな調子で、私たちは大丈夫なのだろうか。