お似合いよ、ですって?
翌日、私は永野くんの教室に行ってみた。
フラれた木原さんに会いたくないだろうな、と心配で。
彼は自席に一人で座って、虚空を見つめていた。肩を落としているようにも見える。少し遠くにいた木原さんは彼をみて、ひそひそと話し、友達と指を差して笑っているのがすごく気になった。
永野くんは……昨日あんなに死にたい、っていってたのに頑張って学校にきたんだ。周りの視線などには構わず、私は永野くんに近寄って、空いていた前の席のイスを引いて座った。私に気づくと、彼は顔をあげ私を見た。
「……矢崎さんですか」
「会いに来たわよ」
永野くんは、少しだけ目を潤ませた。心細かったのかもしれない。さっきまで永野くんを見て嗤っていた木原さんは、私がきたことに気づき、ひそひそ話を止めた。
「永野くん、大丈夫?」
「いえ、あんまり……」
目に見えてわかる嘲笑に、彼自身がけっこう堪えているようだ。ただ私がきて、彼が孤独でなくなったことを悟ると、木原さんは私たちに近寄ってきた。
「あら……懐かしいわね、矢崎さんじゃない。つい昨日、永野くんに告白されたのに‥‥…もう別で彼女ができたの? 案外手が早いのね」
私は木原さんの嫌みに耳を疑った。
わざわざ教室で、彼が木原さんに告白したことを暴露するなんて――悪意にもほどがある。
「彼女? 違うわ、友達よ」
とっさに私はそう返した。思いもよらない反論だったのか、木原さんは私を睨む。私の事がキライなようだ。彼女の悪意が態度から伝わってくる。
「なんだ。でも、あなたたち、お似合いじゃない。似た者同士で……」
『悪口』をあえて回避して、私たちを攻撃してくる、そんな嫌らしい言葉。
どうして、木原さんはこんな態度をとるのだろう。昨日、告白されたと思ってたら、即座に別の女がいて腹が立った? 他には――? もしかして、最初から永野くんをからかっていたとか。いいえ、まさかね……。でも、そんなことまで考えてしまう。
「……さっきから、何がいいたいのよ」
確証は得られないがゆえに、彼女の奇妙な態度に怒りがこみ上げる。
「別に、何もォ?」
様子を見るに『別に何もォ?』という雰囲気ではない。
「矢崎さん……」
木原さんとにらみ合う私に、永野くんは肩に手を置き首を振った。泣きそうな顔をしている。
「永野くん、ごめん。行こうか」
私が思い切り席を立つと、その場は静まりかえった。いったい何が、とばかりに私たちのことを全員が見ている。意味が分からず困惑するもの、察して同情するもの、喧嘩しているのかと興味津々のものなどが。
……どうして。彼はただ、好きな人に想いを伝えただけなのに。ただ、純粋に好きだっただけなのに……どうして。
「永野くん」
下を向いている永野くんの手を引いた。
今は、あの場にいるべきじゃない。
私たちには、まだ心の整理が必要だ。
ずんずんと突き進み、屋上に行こうとした途中で、永野くんはずっと握っていたままだった私の手を、後ろへ引っ張った。構わず進もうとしたけれども、永野くんは「矢崎さん」と小さくいったまま、ピタリと止まってしまったので、私も足を止め振り返った。
「なによ」
「矢崎さん、泣かないでください……」
永野くんにいわれて、やっと私は泣いていることに気づいた。
「私は……ただ……あなたの代わりに泣いてあげてるの。感謝してよね」
「……そうですか。ありがとうございます」
永野くんは目を潤ませて、ぐっとこらえて、そのまま私の頭を、髪を、撫でてきた。悔しい、悔しい。振られた私たちはみじめで、哀れで。でも……。
「永野くん。明日から、夏休みよ。だからさ」
「だから?」
「2人で……頑張ろう。一緒に、変わろう」
――自分のことなんかより、そんなことより、彼がこのままでは悔しい。
「……はい」
永野くんの声音はとても柔らかだった。労わってくれているような、そんな優しさ感じる声。傷ついているのは自分なのに私に優しい笑顔を向けてくれる。
そうよ、永野くんを応援しよう。
死にたいといった彼を屋上で助けたのだ。
最後まで私は一緒に戦ってやる。
だから私は……
永野くんを、世界一、かっこよくしてやる。
他の誰よりも、かっこよくしてやる。
絶対に、どこの誰にも負けないように、かっこよくしてやるんだから。