表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

その男子の名は、永野すばる。

 新しい彼女は、純粋に私より、かわいかった。


「……誰とも、付き合ってないよ?」


 『私が彼氏だと思っていた人』は、私の聞こえるところで、そういった。それも、告白した翌日に。

 

 『一緒に帰ろう』と返事をもらい、 ウキウキの気分でそのまま付き合うのだと思っていた。でも私だけだった。要するに昨日、私は『私が彼氏だと思い込んでいたクラスメイト』と、ただ手を繋いで一緒に帰っていただけらしい。そういえば、明確な返事はもらってない。そんな線香花火のような、1日経たずに終わる、はかなく散った薄い関係性だった。

 

 大事なことなので繰り返すが、『新しい彼女・桜井さん』は、かわいかったからだと思う。私なんて比にならないほどに。昨日の告白はなかったことにされたのか、捨てられたと思うべきか。どちらにせよ、私はとにかく()()()()のだと、そう認めた。


 悔しい、悲しい、切ない、泣きたい、を全部ごちゃごちゃに混ぜた――私の心の中を投影するように、その日はどんよりと曇っていた。


 ただただ茫然(ぼうぜん)と学校の屋上で一人になりたくて、風を浴びるためにフェンスのそばで突っ立っていた。そんな時だった。


奇遇(きぐう)ですね、あなたも死ぬつもりですか」


 背後からの声に、振り向いた。


 声をかけてきたのは男子高生で、色々な意味合いで酷かった。モサッとした髪の毛に、くっきりとした丸い黒ぶちメガネ、ニキビだらけで背中を丸めて。――極めつけは、私以上の世界中の不幸を凝縮して煮詰めたような辛気臭(しんきくさ)い顔の人物が立っていたのだ。


「……別に死ににきたわけじゃないけど」


「そうですか、じゃあお先に」


 彼はフェンスに手をかけ、さすがに一瞬だけ、私は声を失った。


「ちょ、ちょっと!?」

「死なせてください!」

「はぁ!?」 

「俺は、フラれて、もう生きる(すべ)を失いました! この世に心残りはありません!」


 よくわからない絶叫をされ、私は止めるべく、ぐいと後ろから羽交い絞めし男子高生を引き戻した。


「……奇遇ね、あなたもフラれたの? でも死なないで! 少なくとも今は! 私がいなくなった後なら、落ちようが死のうが何でもいいから!」


「なんですか、それ! あなたの都合なんて、知るわけないでしょう! 俺は、今、死にたいんですよ!」


 私が力をこめ引っ張ると、男子の手はフェンスから離れ、2人で屋上にどさりと倒れ込んだ。


「ハァ、ハァ……ちょっと、あなた……な、なんのつもりですか!」


「それはこっちのセリフよ! 私だって、ただでさえフラれて落ち込んでるのに、さらに目の前で自殺って……気分が悪くなるから、後にしてッて言ってるの!」


「……ええ……?」


 お互いの息を整え、男子は袖で口元を拭った。

 バチっと目が合い、誰だかここでようやくわかった。ああ、永野くんだ。


「矢崎さんですか。去年、同じクラスでしたね」


 その通り。去年、近くの席ではあった。今は別のクラスだ。


「それより、その……、矢崎さんも、フラれた、っていってましたよね? なんでフラれたんですか」

「それは……どういうべきか……わからないけど。とにかく新しい彼女が、可愛かったからよ……」


 永野くんは私をじっくりと眺め、ああなるほど……というような、視線を送ってきた。確かに仕方ないだろうなコレではと、いわんばかりに。


「それより、永野くんは? 誰にフラれたのよ」

「俺は……同じクラスの木原さんにです」

「ああ、あの子ね」


 木原さんという女子も過去に同じクラスだった。それなりに明るく可愛かったような感じはあったけれども、グループは別で、ただ、少し私としては性格が合わなかったので、あまり知っている訳ではない。


「木原さんとは……委員会が一緒だったんです。いつも話してて気が合うな、って思ってて……好きでした。でも……『永野はダサいから無理。ほんと無理』っていわれて……」


「それは……」


 確かに永野くんは、ダサい。

 控えめにいって、相当にダサい。

 でも、さすがに、気の毒に思う。


「明日から、木原さんに会うのが気まずいです。だから……もう……」

 

 永野くんはもう一度フェンスに手をかけようとしたので、ぐいっと思いっきりシャツを引っ張った。永野くんはよろめいて床に倒れ込み、私を驚いた顔で見上げてきた。


「だから! どうして止めるんですか!」


「待ってよ! よくよく考えたら、そんなことで死ぬなんて、バカバカしいじゃない。それなら……もっといい方法があるじゃないの」


「もっと、いい方法? なにをするつもりですか」


復讐(ふくしゅう)よ」

不穏(ふおん)なことを」


「正当性のある、復讐よ。要するに見返して、やるの。私たちがお互いを褒め合って――、あなたをかっこよく――私をかわいくすればいいのよ。ええと、良いアドバイスをしあって! つまりはっ……私を、私たちをフッたことをアイツらに死ぬほど後悔させてやるのよ!!」


 きっぱりと言い放った私を、永野くんは見上げてくる。私は、応えるようにじっと永野くんの顔を覗き込んだ。私の中に問いかけるように、何より私自身にも言い聞かせるように、さらに強くいった。


「……永野くん。そんなこといわれて、悔やしくないの? 見返したくないの?」


「……それは」


 彼の声は、震えていた。やがて、目に、涙を、いっぱいためて、永野くんは……


「はい……すごく、悔やしいです」


 と、袖で顔を隠し、声を押し殺して泣いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ