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【カメ】忘れたふりのまま、生きてきた

罪状:過去の否認・自己記憶回避・責任放棄

過去と向き合わずにきた男ユウトが「遅すぎるカメ」に。逃げずに“歩み直す”ことを始める。

第一章 ── 過去から逃げて


ユウト・カサハラ、29歳。

彼は「何もなかった顔」をして生きていた。


昔の友人を裏切った。

恋人を傷つけた。

家族を突き放した。


でも、それらを誰にも言わず、なかったことのように振る舞い、黙って生き続けてきた。


「過去なんて、振り返っても意味ないだろ。前だけ見て生きればいい」


──その“前”すら、いつからか見られなくなっていた。


「カサハラ・ユウト。過去回避・対自己認知遮断の兆候が深刻。

よって“カメの着ぐるみを着せられる刑”を執行する」



第二章 ── 歩けない着ぐるみ


カメの着ぐるみは、分厚く、重く、硬かった。

身体はゆっくりとしか動けず、走れない。しゃがめない。仰向けになれば自力で起き上がれない。


視界も狭く、首を伸ばすことも引っ込めることも制限されていた。


「なんだよ、これ……おれ、全然動けない……!」


焦っても、足はのろのろと地面を擦るだけ。


「おーい、もっと速く歩けよー!」

「カメのくせに止まってるぞー!」


子どもたちの声も、皮肉にしか聞こえなかった。


でも、それが刑だった。


「お前は、進んでるふりをして、ずっと止まってた」

──それを、この着ぐるみが体現していた。



第三章 ── 殻の中にあったもの


ある日、ひとりの老人が言った。


「カメさん。のろいけど、ずっと生きてる。ゆっくりだけど、ちゃんと前に進んでる。……あんたはどうなんだい?」


その言葉が、心の奥でずっしりと響いた。


思い出してしまう。

──あの夜、自分が見ないふりをして逃げた泣き声。

──送られてきた最後のメッセージ。

──謝れなかったまま、終わった人間関係。


殻の中に閉じ込めたものが、少しずつ軋みながら、溢れてくる。


「思い出したくない……けど……」


着ぐるみの中で、彼は静かに涙を流した。

それは“反省”ではない。

「向き合う」という人生で初めての行為だった。



第四章 ── 小さな一歩


刑期が終わる頃、彼は少しだけ速く歩けるようになっていた。

それでも遅く、子どもに追い抜かれ、笑われる程度の速度だった。


でも彼は、誰にも追いつこうとしなくなった。

ただ、“昨日の自分”より少し前に出られることを、胸の中で大切に思った。


刑が明けた日、彼は着ぐるみの背中を開けて、ゆっくりと脱いだ。


そして──誰よりも遅く歩くその足で、ひとりの旧友の家を訪ねた。


「……おれ、ずっと逃げてた。ちゃんと謝りたかった」


初めて、過去の自分の殻を破った。



最終章 ── 忘れないことで、生き直す


今、彼は市民センターで働いている。

高齢者や子どもたちと向き合い、手紙を書いたり、小さな荷物を配達したりしている。


「遅くてもいい。止まらなければいい」


その歩みは今も、のろく、静かで、地味だ。

でも、ひとつひとつが、ちゃんと過去とつながっている。


忘れることで前に進んだつもりだった彼は、

今、**“忘れないまま生きていく強さ”**を少しずつ身につけていた。

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