【カエル】跳ねるだけの、ほんとうの顔
罪状:虚言・表層的適応・自己欺瞞
嘘ばかりの青年ハルが「表情を奪われたカエル」に。跳ねるだけの体の中で、本音を初めて語る。
第一章 ── 嘘でつくった自分
ハル・イシバシ、20歳。
彼は“本当の自分”を知らなかった。
どこに行っても、その場に合わせて話を作り、ウケを狙い、嘘と演技で人と関わってきた。
「嫌われるくらいなら、いっそ嘘ついて好かれたほうがマシでしょ?」
SNSでは「人気者」。リアルでは「適応力がある奴」。
でも誰も、本当のハルを知らなかった。
──そして、彼自身も、自分が何者か分からなくなっていた。
「被告人:イシバシ・ハル。過剰な自己演出および虚偽による対人不信誘発の疑いあり。
よって“カエルの着ぐるみを着せられる刑”を執行します」
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第二章 ── 表情のない皮膚
カエルの着ぐるみは、つるりとした緑色の全身スーツだった。
まんまるの目、ゆっくりと閉じるまぶた、常に無表情な顔。
口はぴたりと閉じられ、笑えない。話せない。
身体は常に跳ねるように設計されており、意思に関係なく定期的に**「ぴょん」**と跳ねる。
「はは、何これ……やば。マジでただのカエルじゃん」
最初は笑っていた。
でも、誰も笑い返してこない。
もう、“愛想笑い”も、“軽口”も通じなかった。
誰も、ハルの言葉を聞かない。
彼の声はもう、どこにも届かない。
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第三章 ── 静かすぎる世界
見世物区画の片隅。
ハルは「ただ跳ねるだけの存在」として展示されていた。
ガラスの向こうで人々が言う。
「カエルさん、今日も無表情だね~」
「本当に人間入ってるのかな?」
「何考えてるか分かんないね、こわっ」
“本当の自分”を出すのが怖かった。
だからずっと嘘をついてきた。
でも今は、「嘘をつくこと」すらできない。
跳ねるたび、虚しさが体に響いた。
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第四章 ── 僕の中の声
ある夜、ふと鏡に映る自分を見て、思った。
「お前、誰だよ……」
その無表情なカエルは、あまりに静かで、何も言わない。
でも──
跳ねるたびに、胸の奥で小さな声が揺れていた。
「ほんとは、誰かに嫌われても……本当のこと、言ってみたかった」
ぴょん。
ぴょん。
跳ねながら、彼の目から涙がこぼれた。
それでも、顔は笑えない。口は開かない。
でも、その涙だけが──“本音”だった。
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最終章 ── 口を開く日
刑期が終了し、着ぐるみが開放された。
ハルは、カエルの姿のまましばらく立ち尽くしていた。
脱げる。なのに、すぐには脱がなかった。
誰かが近づいて言った。
「……ずっと黙ってたけど、本当は、あんたのこと……嘘ばかりだなって思ってた」
ハルは、その言葉に頷いた。
そして、カエルの口をゆっくり開いた。
「ごめん。本当は、ずっと……怖かったんだ」
その声は、今までのどの演技よりも、不器用で、震えていた。
でも──それが、**ようやく見つけた“自分の言葉”**だった。