【シカ】逃げ続けた僕の足跡
罪状:自己否定・過剰適応・対人主張放棄
周囲に合わせ続けてきた少女ミオが「逃げ癖のあるシカ」に。逃げることをやめ、立ち止まる勇気を持つ。
第一章 ──「いい人」でいるために
ミオ・サワダ、18歳。
どこにいても「空気を読む」のが得意だった。
怒らない、逆らわない、目立たない──誰かの顔色ばかり見て、自分の気持ちはいつも後回し。
「それでいい。波風立てないのが一番。嫌われたくない」
学校でも家でも、YESしか言わなかった。
でも心は少しずつ、擦り減っていった。
「もう、どうしていいか分からない……」
その無言の叫びすら、誰にも届かないまま、ある日突然宣告された。
「サワダ・ミオ。自己喪失・対人過順応の傾向が強く、危険な自己不在状態にあると判断。
よって、“シカの着ぐるみを着せられる刑”を執行します」
⸻
第二章 ── 走れ、走れ、どこまでも
着せられたのは、華奢で繊細なシカの着ぐるみだった。
茶色のなめらかな体。長い足。ふるふると揺れる大きな耳。
外からの刺激に極端に敏感に反応する構造だった。
その特徴通り、彼女は“驚かされるたびに”反射的に逃げ出す。
「キャッ!動いた!」「追いかけろ~!」
人々は面白がった。
逃げれば逃げるほど、笑われ、撮られ、追われる。
──自分の意思なんて、もうとっくに置いてきた。
⸻
第三章 ── 本音の出せない檻
ミオは、笑われることにも慣れてしまっていた。
「シカさんって、逃げ足速いね」
「いつも静かで、控えめで、優しくて……いい子だね」
“いい子”という言葉が、こんなにも重たく感じるなんて。
本当は叫びたかった。
「もう、逃げたくない!私だって、怒ったり、拒んだり、してみたい!」
でも、着ぐるみは口を開いても何も言えない。
耳を伏せ、目を逸らし、ただ震えるだけ。
**誰にも届かない“本当の声”**が、胸の奥でずっと泣いていた。
⸻
第四章 ── 立ち止まる勇気
ある日、ミオの前に小さな男の子が立った。
「ねえ、どうしていつも逃げちゃうの? 僕、ただなでたいだけなのに……」
その言葉に、ミオの身体が止まった。
「逃げないって……できるの?」
怖い。でも、逃げなかった。
初めて、彼女はその場にじっと立ち続けた。
男の子がゆっくり手を伸ばし、耳を撫でた。
その手は、震える彼女を優しく包んだ。
「……あったかい」
ミオは気づいた。
逃げずに、誰かに触れられることが、こんなにも嬉しいなんて。
⸻
最終章 ── 初めての“NO”
刑期の終了通知が届いた。
着ぐるみの背中が静かに開き、彼女は中から出る。
鏡の中の自分は、まだ怯えていた。
でも──もう、逃げるためじゃなく、生きるために立つと決めた。
後日、学校に戻ったミオは、小さく呟いた。
「……私は、それ、やりたくない」
たった一言の“NO”に、周囲が驚く。
でもそれは、彼女がはじめて出した、自分の意思だった。