【サル】拍手と檻の中で
罪状:過剰な承認欲求・自己演出依存
「バズりたい」だけの配信者リョウは、滑稽なサルにされ“見世物”として晒され続ける。
注目を浴びながら空虚になり、拍手のない夜に初めて“本当の声”を取り戻す。
第一章 ── 注目されるためなら何でもした
リョウ・アカツキ。21歳。
動画配信者として活動し、過激な言動、挑発的な行動、暴露、炎上商法でフォロワー数を伸ばしてきた男。
「バズれば勝ちでしょ? 社会のルールなんて、面白くなきゃ意味ないじゃん」
彼は視聴者の反応だけを求め、より強く、より激しく、ネットの中で“目立つ存在”であろうとし続けた。
やがて、ついに越えてはいけない一線を越えた。
公共施設での無許可パフォーマンス。他人を巻き込む危険行為。強引な挑発。
そして、判決が下された。
「リョウ・アカツキ。社会的承認欲求の過剰肥大による秩序撹乱。
よって、あなたには“サルの着ぐるみを着せられる刑”が言い渡される」
「は? サルって……ふざけてんのか?」
彼は笑った。
その時はまだ、「それすらコンテンツになる」と思っていた。
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第二章 ── 見られることしかできない
着ぐるみは、まるで遊園地のパフォーマーのような、誇張されたサルの姿だった。
丸い顔。むき出しの歯。ピンクの手足。頭の上には小さな帽子。
そして、刑の内容が告げられる。
「あなたは今後、“公共見世物区画”で生活していただきます」
「え? そこで生活って……どういう──」
彼が連れてこられたのは、ガラス張りの展示ルーム。
通行人が自由に中を見学でき、声をかけたり、餌を与えたりできる場所だった。
「おーい、ほんとに人間入ってるの?」
「ほら、あの有名なやつだ!」「あのバズってたやつじゃん!」
リョウは笑われ、写真を撮られ、餌を投げられ、拍手され、煽られた。
「もっと跳ねてよー!」
「バナナ食べてー!うけるー!」
何もしなければ「つまらない」と言われ、
跳ねれば「おもしろい」と評価される。
見られることしか許されない世界。
──それは、彼が求めていた“注目”の地獄だった。
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第三章 ── 空っぽの拍手
日が経つにつれて、リョウは自ら踊るようになった。
拍手があれば笑い、餌が投げられればキャッチし、サルらしく騒ぐ。
もう自分の意志は関係なかった。
求められる動きをすれば、注目される。
拍手がある。笑顔がある。
だが──心は、どこまでも空っぽだった。
「……なんで俺、ここにいるんだっけ?」
言葉を話すことも減っていた。
脳内には、コメント欄のような反応だけが浮かぶ。
「うける」「かわいそう」「まだやってたんだ」
誰かのリアクションが、自分の存在の価値。
それ以外、何も持っていなかった。
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第四章 ── 誰も見てくれない夜
夜になると、見世物エリアの照明は落ちる。
見物人は帰り、拍手は止まり、餌も投げられない。
リョウは、檻の中でひとり座り込む。
──静かすぎて、怖い。
誰にも見られていない時間。
スマホもない。カメラもない。いいねもRTもない。
「……俺、何のために生きてんの?」
初めて、その問いが浮かんだ。
拍手がない世界で、自分の“声”がどれほど小さなものだったか、思い知った。
「……誰でもいい、ただ、ちゃんと……俺を“見てくれる”やつはいないのか……?」
涙が、着ぐるみの目の奥で流れた。
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最終章 ── 人間としての声
刑の延長が決まる頃、リョウの動きが変わった。
騒がず、踊らず、ただ檻の隅で座る姿。
来場者の反応は冷え、笑い声も減った。
「……最近、元気ないね」
「つまんなくなったな、あのサル」
でもそれでいい、と思った。
ある夜、ガラス越しに少女が立った。
リョウをじっと見つめ、小さく囁いた。
「……サルさん、泣いてるの?」
彼は思わず立ち上がり、ガラスに手をつけた。
何かを伝えようとしたその瞬間──
「俺は、サルじゃない……!」
それは、久しぶりに発した人間の声だった。