【ペンギン】冷たさの中のぬくもり
罪状:共感能力の欠如・情緒支配
冷酷なビジネスマン・タチバナは“愛嬌キャラのペンギン”に。
誰かに頼られ、笑われ、抱きしめられる中で、初めて他人の感情に触れていく。
刑の終わりには、沈黙の中で優しさを受け取れるようになっていた。
第一章 ── 無表情な男
コウジ・タチバナ。
38歳、企業戦略部門所属。複数の企業再編を成功させ、“合理と結果”だけを信じてきた男。
「感情は無駄だ」
「使えない人間は切る。必要なことだ」
部下は常に震え、同僚には笑顔を向けたことすらない。
数字、結果、効率。それだけで会社の中を泳いできた。
そしてある日、彼はやりすぎた。
「今期リストラ対象、38名。妥当です」
「心の問題? 会社は病院じゃない」
その報告が社内外から告発され、法的な調査対象となる。
「被告人、タチバナ・コウジ。情緒欠落による業務上配慮違反により、“ペンギンの着ぐるみ刑”を執行」
彼の冷たい目の前に差し出されたのは──もこもこの黒白ボディと短い翼を持つ着ぐるみだった。
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第二章 ── 重くて軽い身体
「……冗談じゃない」
「着ぐるみなど、ただの見せ物だろう」
そう思っていた。
だが、身体に装着された瞬間、彼の感覚は変わった。
ずっしりと重い下半身。滑らかな羽根。短くて不便な足。
首を振らないと真っ直ぐ歩けない、もどかしさ。
「歩きづらい……不自由すぎる……!」
これが刑なのだと、ようやく思い知る。
そして、さらに衝撃だったのは──
通りすがりの子どもや老人たちが、彼を見て笑うことだった。
「わあ、ペンギンさんだ!」
「かわいい~」「ちょこちょこ歩いてる!」
誰も、彼を怖がらない。誰も、彼を敬わない。
その代わりに、撫でられ、抱きしめられ、手を引かれる。
「やめろ……俺はそんな……」
だけど、温かい手のひらに包まれるたび、胸の奥に小さな違和感が芽生えていく。
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第三章 ── 愛嬌という支配
ある日、老人ホームの慰問イベントに連れて行かれた。
彼は“愛される動物”として扱われ、転ばないように介護士に手を引かれて歩く。
「ほらほら、タチバナさん、ペンギン歩き上手ですね~」
「やめろ、俺は……!」
だが、抵抗の言葉は出せなかった。
着ぐるみは音声変換されており、口を開いても「ペェェン……」という鳴き声しか出ない。
そして、ひとりの老婆が言った。
「……ありがとうね。あなたみたいに優しい子がいてくれると、安心するのよ」
「……俺が、優しい?」
自分とは無縁の言葉。けれど、その時──胸が、静かに熱くなった。
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第四章 ── 鳴くことしかできない
日が経つにつれて、彼は人間らしい言葉を忘れていった。
声を出すたびに「ペン」と鳴き、歩くたびに人々が笑う。
最初は屈辱だった。でも、だんだん思うようになった。
「……こんなふうに、誰かの顔を笑顔にできるのなら……俺は、ずっとこのままでも……」
冷たい合理の世界で孤独に生きていた男が、
今や短い翼で誰かの背中をとんとんと叩き、笑顔を受け取っている。
それが罰だったとしても──
彼にとって、初めて得た「ぬくもり」だった。
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最終章 ── 氷の上の帰還
刑の期限が来たとき、着ぐるみは自動的に開き、彼は中から抜け出した。
体はしびれ、足元はふらつき、肌寒さを感じた。
でも、心は不思議と満たされていた。
鏡の中の自分を見て、彼は小さく笑った。
「……ペンギンの方が、マシだったかもな」
そう言って、玄関の隅に置かれた黒と白のふわふわした着ぐるみを見つめた。
そして、その頭を、そっと撫でた。