【ウサギ】跳ねても、逃げ場はない
罪状:逃避癖・社会的責任放棄
逃げ続けてきたカズキは、“跳ねることしかできないウサギ”に。
誰かに抱かれ、必要とされる中で、初めて「逃げずにそこにいること」の意味を知る。
言葉を失っても、自分の意思を持って立ち続ける存在へと変わる。
第一章 ── いつも逃げていた
カズキ・ミナミは、すべてから逃げるのが得意だった。
嫌なことがあれば黙って消える。責任から逃げ、人付き合いから逃げ、いつの間にか“誰からも見つけてもらえない場所”にいた。
学校を辞め、バイトも放棄し、家族とも連絡を絶ち、ネットの中でだけ言葉を吐いていた。
「現実なんて、クソだよ。人間なんて、めんどくさいだけだ」
そして、ある日。
投稿していた言葉が“危険思想”と見なされ、データ解析AIに検知された。
「対象カズキ・ミナミ。社会的無責任性および逃避癖の深刻化により、“ウサギの着ぐるみ刑”を執行」
「は?」
目を覚ました時、すでに彼は──ふわふわのウサギの姿だった。
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第二章 ── 柔らかく、縛られて
その着ぐるみは、異様なほど優しく彼を包んでいた。
ぴったりとフィットする真っ白なボディ。長くて柔らかい耳。どこまでも跳ねられそうな足。
だが──そこに“逃げる自由”はなかった。
身体は軽い。けれど心は、どこにも向かっていけない。
「外れない……どうやっても……」
ウサギの着ぐるみは、ただ跳ねるだけ。
誰かに撫でられれば微笑みを浮かべ、呼ばれれば耳をピコピコ動かす。
感情をぶつける言葉は、すべて「ぴょん!」という無意味な音に変わる。
「なんだよ……こんなの……!」
「逃げることすら、許してくれないのかよ!」
ぴょんっ。
ぴょんっ。
怒りに跳ねても、それはただの「可愛さ」として見られた。
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第三章 ── 抱かれる存在
ある日、小さな女の子が彼を見つけた。
「わあっ、うさぎさんだー!」
「かわいい……一緒にお昼寝しよう?」
彼女の腕の中で、カズキはただじっとしていた。
そのぬくもりは、誰にも必要とされていなかった自分の心に、静かに触れてきた。
──ああ、逃げてばかりいたけど、本当は。
──こんなふうに、誰かに受け止めてもらいたかったんじゃないか。
それでも、言葉にはできなかった。
彼の声はまだ「ぴょん」しか出せないままだった。
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第四章 ── 目を閉じても、そこにいる
夜、静かな施設の一角。
カズキはひとり、月明かりの下で跳ねていた。
「……人間だった頃の俺、最低だったよな」
「誰の声も聞きたくなくて、全部嫌で……でも今、誰かが“可愛い”って笑ってくれるだけで、なんか、救われた気がする」
彼の声は、もう誰にも届かない。
でも、自分の中でだけ、はっきり響いていた。
逃げるばかりの人生は終わった。
もう、跳ねるしかない──それでも、そこに誰かが待っていてくれるなら。
彼は、自分から“抱かれる存在”になることを、初めて受け入れたのだった。
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最終章 ── ゆるやかな変身
現在、ウサギの着ぐるみは施設内で“癒し動物”として扱われている。
日中は子どもたちの遊び相手となり、夜はお年寄りの枕元に静かに寄り添う。
その中身に、かつて「カズキ・ミナミ」という名の人間がいたことを、今では誰も知らない。
でもときどき。
彼は、月の光の中で立ち止まり、じっと空を見上げる。
逃げずに、ただそこにいるという生き方を、彼は今日も選んでいる。