【猫】君はもう、人間じゃない
罪状:無言と社会的沈黙
会話を拒否し続けた少年タカシは“猫”にされる。
ただ存在するだけで愛されることに心が満たされ、次第に人としての名前も忘れていく。
やがて彼は「猫として生きること」を選び、完全に同化する。
第一章 ──“静かな罰”
「静かすぎる」と言われた。
人と話すのが苦手で、何を考えているのか分からないと言われ続けてきた。
答える気も起きず、うつむいたまま過ごしていたら──ある日、刑が言い渡された。
「被告人、タカシ・イノウエ。罪状:社会的不感症および対話意欲の著しい欠如。
よって、本裁判所は“猫の着ぐるみを着せられる刑”を執行する」
「……猫?」
彼は小さく呟いたきり、なにも言わなかった。
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第二章 ──甘い檻
猫の着ぐるみは、恐ろしいほどよくできていた。
肌にぴったりと張り付く特殊な生地。
耳は柔らかく、しっぽは自動的に動き、肉球の感触までもが“本物”のようだった。
タカシは最初、じっとしていた。
誰とも関わらない。ただ黙って、壁際に座っていた。
──するとどうだろう。人々は近づいてきた。
「わっ、可愛い」「撫でていい?」「触ったらゴロゴロ言ってる!」
彼は、何もしていないのに……
ただ「猫でいる」というだけで、受け入れられてしまった。
撫でられるたび、胸が温かくなる。
柔らかな声。笑い声。穏やかな視線。
「これが……“望まれている”ってことなのか……?」
タカシの心は少しずつ、猫の感覚へと同化していった。
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第三章 ──帰る道をなくして
それは数日目の朝だった。
目を覚ました彼は、なにか違和感を覚えた。
言葉が出ない。口が、動かない。
声帯が制御されている──いや、違う。声の出し方自体を忘れていた。
「にゃっ……にゃぁ……」
絞り出した声は、猫の鳴き声だった。
鏡の前に立った。
猫の着ぐるみがぴったりと身体に密着し、もはや“脱げる”という感覚すらない。
「どうして……僕、まだ戻ってない……のに……」
でも心のどこかで、彼はもうそれを望んでいない自分に気づいていた。
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第四章 ──溶けゆく名前
時間が経つにつれて、タカシは自分の名前を忘れ始めた。
「僕」と口にしても、それが誰を指すのか曖昧だった。
代わりに、通行人たちが呼んでくれた。
「ミケちゃーん、こっちおいで」
「クロ……今日もゴロゴロしてるね~」
そのたびに、胸がくすぐったくなった。
タカシではなく、「猫」として呼ばれることに、心が溶けていく。
──もう、戻る意味はないのかもしれない。
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最終章 ──誰かの膝の上で
いま彼は、施設内のベンチの上にいる。
ときどき、子どもたちがやってきて彼を抱きしめる。
耳を撫で、しっぽを引っ張り、笑いながら名前を呼ぶ。
「ミケ!」
「クロ!」
どちらも、自分の名前だった。
そして彼は、ゴロゴロと小さく喉を鳴らす。
言葉はない。名前も曖昧。でも、そこには**確かに誰かに必要とされている“命”**がある。
──もはや彼が「人間」だったかどうか、それすらもうどうでもよくなっていた。