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【10/10書籍発売 記念SS】婚約破棄されたポンコツ令嬢ですが、私は聖女だそうです ‐国宝級の護石作り‐

 王立学園高等科の教室で今日も堂々と浮気をしている婚約者のロラン・ボルド侯爵子息の姿にクラリスは溜息をついた。

 

「やぁだぁ。見てロラン。あの子、また私を睨んできたわ」

「エリザベト嬢が美しすぎるんだろ」

 気にするなよと言いながらエリザベトの細い腰をロランは引き寄せる。

 耳元で何かを囁き、二人だけで笑い合う姿も日常茶飯事だ。

 クラスメイトも浮気だと知っているけれど、見て見ぬフリをするか、エリザベトの応援をするか。

 

 私がロランの婚約者なのに……。

 

 ロランの家であるボルド侯爵領と、クラリスの家レニエ領は隣同士。

 母親同士が同級生で、私たちは生まれてすぐに婚約者になった。

 子供のころはよく遊んでいたが、学園に通い始めるとロランは次第に私から離れていき、最近は男爵令嬢のエリザベトとお昼も休日も一緒に過ごしている。

 

 エリザベトの方が美人だけれど、でも……。

 クラリスはグッと唇を噛みながら立ち上がった。

 

 荷物を持って教室を出ようとしたクラリスの足が何かに躓く。

 ビタンッ! と大きな音を立てて盛大に転んだクラリスの姿をクラスメイトたちはクスクス笑った。


「なんでいつも何もないところで転ぶんだ」

 ロランの呆れた声はいつものこと。


「いやだぁ。みっともないわぁ」

 エリザベトの高笑いもいつものこと。


「ほんっとにおまえはポンコツだな」

「ロランの気を引きたいのよ」

 

 転んでしまったけれど全然痛くない足で立ち上がりながら、クラリスは教室を逃げ出した。


 

 クラリスには精霊の光が見える。

 父も母も弟にも精霊は見えていない。婚約者のロランはもちろん、クラスメイトもだ。

 

 精霊は人に良いことだけをしてくれるわけではない。

 何もないところで転んだり、晴れているのにびしょ濡れになるのはよくあること。

 彼らはただ遊んでいるだけなのだと亡き祖母に教わった。

 

 今転んだのも実は精霊の仕業だが、誰にも見えない精霊のせいだと言っても信じてくれる人などいない。

 信じるどころか、ポンコツだとロランに言われたクラリスは、精霊のことを話すのをやめた。


「みんなにも見えたらいいのに」

 そうすればロランにポンコツだと言われなくなるかもしれないのに。

 クラリスは溜息をつきながらレニエ侯爵邸に戻った。


    ◇

  

「クラリス、水晶を買ってきたよ」

「ありがとう、お父様」

 父から丸くて透明な水晶を渡されたクラリスは、手のひらに乗せコロコロと転がした。


「大きい」

「透明だから安くてね。加護なしの水晶で本当に良かったのかい?」

「大丈夫!」

 精霊の加護なしの大きな水晶が欲しかったと、希望通りの品だとクラリスは父に微笑んだ。

 

 この国では王立学園の卒業パーティで婚約者に護石を贈る習慣がある。

 騎士になる男性には組み紐に護石をつけたお守りを、文官になる男性には護石のタイピンを、女性にはネックレスやブレスレットを贈るのが定番だが、明確なルールはなく婚約者が肌身離さず持っていられそうなアイテムを選ぶことが重要なポイントだ。


 もうすぐ卒業を迎えるクラリスは婚約者のロランに贈るため、組み紐に護石をつけたお守りを準備しようと思った。

 以前ロランは、卒業後は騎士になりたいと言っていたからだ。


「組み紐の糸はエンジ色って決めているの」

「ボルド侯爵家の紋章カラーだね」

 組み紐を編めるのか心配だと揶揄われたクラリスは、大丈夫だと見栄を張った。


 

 今日は満月。

 大きな月が草木を明るく照らしてくれるレニエ侯爵邸の庭で、クラリスは両手を前に差し出しながら精霊たちに話しかけた。

 

「この水晶に加護をお願い」

 クラリスの手の上で2センチほどの丸い水晶がコロンと動く。

 透明な水晶は月の光を反射し、輝いた。


「お願いウンディーネ。水から守って」

 名前を呼ばれた水の精霊ウンディーネの水色の光は、庭の噴水から空に上がり旋回する。

 シュンと音を立てながら水晶を通過した水色の光は再び噴水の方へ戻っていった。


「ありがと」

 クラリスの手の上の水晶は水色に輝く。


「サラマンダー、火から守ってくれる?」

 赤い光の火の精サラマンダーも空を旋回し水晶を通過すると、水色だった水晶はあっという間に赤い水晶に。


「シルフ、危険な時は風で助けて」

 風の精シルフの緑色の光は、草木の中から現れ水晶目掛けて飛んでくる。

 シルフの光が通過した瞬間、水晶は緑色に変わった。


「ノーム、豊かな土壌になるように助けて」

 地の精ノームの黄色い光は、地面をくるくる回った後に水晶を通過する。

 水晶は一瞬黄色の光に変わったが、すぐに真っ黒に変わってしまった。


「えっ? なんでなんで?」

 クラリスは手の上の真っ黒な水晶を見ながら焦る。

 さっきまでは透明だった水晶は、月の光が通らないほど黒くなってしまった。


「加護は入っているけれど……」

 真っ黒だ。

 どうしようと悩むクラリスを揶揄うかのように、再びウンディーネの水色の光が通過する。


「なんだか水の加護が増えた気がする」

 首を傾げたクラリスの前をサラマンダーの赤い光が通過した。

 地の精ノームの黄色い光も、風の精シルフの緑色の光も。

 何度も水晶の中を通過する精霊たちにクラリスは焦った。


「待って、待って、待って〜!」

 こんなに加護を入れて大丈夫?

 それにどんどん水晶の黒が濃くなっている気がする。

 光なんて絶対に通さないぞと言いたいくらい真っ黒だ。


「みんなありがとう。もう大丈夫!」

 クラリスは両手で水晶を包み込むと急いでポケットに仕舞い込んだ。


「これでロランは怪我しないですむわ」

 クラリスが大きく手を広げると精霊たちの光はジグザグと楽しそうに飛び回る。

 青、赤、黄、緑の光は、月明かりの中でとてもキレイに見えた。


 精霊たちとしばらく遊んだクラリスはそろそろ屋敷の中に戻ろうと足を一歩動かす。

 ここには石も段差もない。

 それなのに。


「わ、わ、わっ!」

 何もないところで転びそうになったクラリスを精霊たちが取り囲む。

 

「んもー。笑っているでしょ」

 くるくる回る精霊たちをみながらクラリスはため息をついた。


「もうひとり精霊がいそうなんだけれどな」

 いたずら好きの精が。

 だが、この子の光は見えないし、名前もわからない。


「名前がわかったら見えるようになるのかな」

 でも精霊の名前なんてどうやって調べたら良いのかわからないし。


「いつか会いたいな」

 クラリスはスカートの草を簡単に払ったあと、屋敷の中に戻った。

 

 エンジ色の紐に真っ黒な水晶では少し暗いけれど、精霊の加護がたっぷり入っているのでロランもきっと喜んでくれるだろう。


 王立学園の卒業パーティで婚約者に水晶を贈り、ファーストダンスを踊って、相手からお返しの水晶をもらうことが伝統行事で、そのあと口付けまで交わすことが貴族令嬢の憧れのシチュエーションだ。

 

 人前で口付けは恥ずかしいけれど、どこかで期待している自分がいる。

 口付けを想像したクラリスは真っ赤な顔に。


「ひゃっ」

 次の瞬間、水の精霊ウンディーネの水がバシャとクラリスの顔を目掛けて飛んでくる。

 驚く間も無く、風の精シルフの強風で乾かされ、クラリスの髪は一瞬でボサボサになってしまった。


「んも〜!」

 とりあえずロランの組み紐が濡れなくて良かったけれど、急な水と風はびっくりするのでやめて欲しい。

 クラリスは肩をすくめると、再び紐を編み始めた。


 ロランはきっと喜んでくれるはずだ。

 今は男爵令嬢のエリザベトと一緒にいるけれど、卒業パーティーは私をエスコートしてくれるだろう。

 そろそろエスコートの申し入れの手紙が届いてもいい頃だけれど。

 

 

 婚約破棄されるまで、あと50日。

 クラリスはまだ、卒業パーティーで婚約破棄されることを知らない――。

 

    END

多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます。

ブックマーク・リアクション・感想・評価、いつもありがとうございます。

もともと公開していた短編は、書籍のネタバレ防止のため非公開にさせていただきました。

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― 新着の感想 ―
精霊たちは声(言葉)を出せない分、行動で示しているだけで多分悪戯のつもりはなさそう。 (あっても賑やかしみたいな?) 実際ボディランゲージで会話しろって無理だし、人種や国ごとに文化違うから真逆の意味に…
楽しい短編ありがとうございます もしかしたらポンコツな人達は皆さん妖精の加護があるのかもしれませんね。心の目でしっかり見ないといけないな
 いくら精霊でもイタズラで転ばせようとするのはイヤだなあと
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