14.御祭神-05
視界が揺らぐ。今までこんな風に私のことを心配して気遣ってくれる人はいなかった。私は気持ち悪がられ疎まれ、使用人以下の待遇しか受けてこなかったのに。
「よかったではないか。私も喜与がここに住んでくれたほうが安心だ」
月読様が優しく背を撫でてくれた。まるでこうなることが分かっていたみたいに、満足そうに微笑む。
「こんな……こんな幸せなことがあっていいのですか?」
「いいのよ。普通の家で普通に暮らす。これは普通のことなのよ。何も遠慮することないわ」
「これからは自分の幸せを考えなさい。それが君の、親としての責任だ」
「親としての……」
腕の中で眠る満月を見る。小さくてふにゃふにゃで、まだ髪の毛だって少ない。泣くことしかしない。それでも、愛しくて愛しくてたまらない存在。私が守っていかなくてはいけない。
「そうか。そうだな、そうだった。私も親としての自覚を持たねばなるまい。斉賀家にはいろいろと教えられるな」
そう月読様が呟いたかと思うと、突然姿勢を正し、畳に手をついて深々と頭を下げた。それはまるで神主が神様に向かってご挨拶をするときのようだ。
「つ、月読様?!」
「改めて、斉賀家に礼を申す。喜与と満月を守ってくれてありがとう。私も恩に報いるよう、斉賀家の繁栄を願っていこう」
「どうしたの? 喜与さん何か見えてる?」
「はい、あの……月読様が頭を下げられていて、改めて皆様にお礼と、斉賀家の繁栄を願うと仰られています。あの、私からも、本当に感謝の気持ちをどう伝えたらいいのかわかりませんが、このご恩は一生忘れません。こんな私を受け入れてくださってありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします」
涙がぽとりと満月の顔に落ちた。びっくりしたのか、ふえふえと泣き出す。
「赤ちゃん泣いてるー」
「よしよししてもいい?」
ずっと襖の向こうで覗き見ていた斉賀家の子どもたちが、こちらの部屋に入りたそうに口々に尋ねる。奥様が手招きすると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「今日からあなたたちは満月ちゃんのお兄ちゃんよ。優しくしてあげなさい」
「うわー、可愛い」
「兄ちゃんが遊んでやるからなー」
賑やかな子どもたちに囲まれて満月はふえふえと泣く。そんな穏やかな光景に自然と笑みがこぼれる。
私の人生にこんな日が来るなんて思っても見なかった。心穏やかであたたかい斉賀家に囲まれて、幸せをかみしめる。
庭では鮮やかに咲き誇った秋桜が、優しく揺れた。