9.月読の回想-2-08
「大丈夫か?」
「はい、嬉しくて泣いているのです。こんなに幸せなことがあるのですね」
「私もとても満たされた気持ちだ」
何度も口づけを交わす。
喜与は「嬉しい」と呟きながら、綺麗な涙を流した。
「……一生のお願いを聞いてくださってありがとうございます。これで私はまた伴藤の嫁に戻ります」
「それでいいのか?」
「それでいいのです。だって私と月読様は住む世界が違うんですから」
はっきりと線引きをしていたのは喜与の方だった。喜与は伴藤の嫁に戻ることを条件に、私に一生のお願いをと申し出たのだ。その強い意志に、抗うことなどできない。神は人に干渉してはならない。そうだったはずだろう。
私に、喜与を引き留めることなどできないのだ。
「送っていこう」
喜与を抱えて空を飛んだ。
ぎゅうっと首に手をまわした喜与が耳元で囁く。
「月読様、ありがとうございます」
「お主に子ができるよう祈っておる」
「はい」
それは私の本心かどうか、わからなかった。
ただ、これから喜与が幸せでいられることを、心の底から祈っていた。
そしてそれから、喜与は名月神社に来ることはなかった。約束通り伴藤の嫁に戻ったのだ。それを納得していたはずなのに、どういうわけか心にぽっかり穴が空いたようだった。
鳥居の上で、一人星を眺める。
当たり前の世界だったものが、当たり前ではなくなる。
「これが、寂しいということか――」
今さら気づいたところで、遅いのだ。
喜与に出会う前は、寂しいなどと思ったことなどなかったのに。