9.月読の回想-2-05
その綺麗な頬に触れたいと思った。私の手に収まる喜与の頬。血の滲む口元が痛々しい。
「……殴られたのか?」
こくんと頷きながら、喜与は私に体を預けるようにしなだれた。きっと殴られたのは顔だけではないのだろう。傷を治すことはできぬが、痛みを貰ってやることはできる。口元をぬぐってやれば、ピリピリとした感覚が指に伝わってきた。見れば、ところどころ汚れている。
「湯を沸かしてやろう」
喜与を抱えて歩き出す。
木々がざわめき、星の輝きが鈍くなる。張り裂けそうな心が夜に影響を及ぼす。
喜与がぎゅうっとしがみついてくる。この小さな体に、どれだけの負担がかかっているのだろう。もどかしい。やりきれない。この感情は一体何だ。
「月読様、ここ……」
「私の神殿だ。誰も文句はあるまい」
喜与が躊躇いの声を上げたが、そんなことはお構いなしに神殿へと入る。ここは人が「本殿」と呼ぶ、神が住まう場所。神職でさえ入ることを許されない神域とされる場所だ。だがそこに住んでいるのは私なので、入っていいかどうかは私が決める。それは当たり前だろう。
「喜与しか入れるつもりはない」
「……はい」
「見せてみろ」
手拭いを人肌に温めた湯にくぐらせ、喜与の切れた口元をそっと拭った。痛みが起きぬよう、少しばかり痛みを預かる。ピリッとした痛みが指を襲う。だがこんなもの、喜与の痛みに比べたらどうってことはない。
「痛くないか?」
「はい、こんなの何でもありません」
「馬鹿者。何でもないわけないだろう。喜与の綺麗な顔を傷つけおって、許せぬ」
気づけば怒っていた。こんな風に怒ることなど、したことがない。どうにも感情が揺さぶられる。喜与を前にすると、愛おしさが込み上げてくるのだ。この、愛おしい気持ちを何と言うのだったか……。