8.月読の回想-1-06
「……それは、考えたことがなかった。そうか、だからお主と話すのが楽しいのだろうな。その花はどこに植える? 手伝おう」
娘の手からキキョウの束を受け取る。境内の片隅に、植え替えた。こんなことをするのも初めてだ。自分の行動がどうも人っぽくて、妙にくすぐったい。
「綺麗に咲くといいな」
少しばかり願いを込めて水を撒いた。萎れていたキキョウがぱっと花開く。すると娘の顔もぱっと輝いた。
「えっ、すごい! すごいです月読様! これって神様のお力ですか?」
「さあ、どうであろう? 少し、願いを込めたが」
くすりと笑えば、すごいすごいと無邪気に喜ぶ。こんな大した事ない力でも、人は喜ぶものなのか。
「綺麗だな」
「はい、とても。また、お花を持ってきてもいいですか?」
「かまわぬ。私も綺麗な花が見られるのは嬉しいからな。だが育て方は知らぬゆえ、お主が面倒をみてくれ」
「月読様、本当にありがとうございます。私、胸がいっぱいで――」
胸に手を当てて瞳を潤ませる。これほどまでに人に感謝されようとは思ってもみなかった。この娘は、私に知らなかった世界を教えてくれる。
「そういえばお主の名を聞いていなかったな」
「はい、私は喜与と申します」
「喜びを与えるで、喜与か。まさにその名の通り、私に喜びを与えてくれたな。礼を申す」
人との関わりを知らず、知ろうともしなかった私が、今は人と関わりたいと思っている。いや、それは喜与だからそう思うのであろうか。
満天の星空の下、鮮やかなキキョウが柔らかく揺れる。それに負けぬくらい綺麗な笑顔で、喜与が微笑んだ。そんな喜与のことを、もっと知りたいと思うようになっていた。