3.壊れた世界-04
ほんのり甘い香りは白檀だろうか。荒れていた心がほんの少し落ち着きを取り戻す。
あたたかい、月読様のぬくもり。月読様に固く抱きしめられているのだと認識するまでに、しばらく時間を要した。
「すまぬ」
「……月読様が謝ることは何もありません」
「私は神なのに、助けてやれぬ」
「……」
「どうしたら喜与を助けられる? どうしたら喜与は笑ってくれるんだ?」
「仕方ありません。この世に神などいないのです。これは私の運命だったのです。私が死んだら、月読様と同じ世界に行けますか?」
「行けるわけがなかろう」
「じゃあ死んだらどこに行くのでしょう? 私も月読様と同じ世界で生きたい。月読様と草花を愛でながら笑っていたい」
視界がじわっと歪む。
ああ、そうだ。私は死にたいんじゃない。月読様と同じ世界で生きたいのだ。心穏やかでいられる、この人の側にいたいと願っている。
月読様は大きな手で私の頬を包む。そして親指で口元を優しく拭った。
「……殴られたのか?」
こくんと頷く。旦那様に叩かれ殴られつねられながら、私の体はボロボロにされた。そういえば体のあちこちが痛い。月読様に抱きしめられた安心感からか、忘れていた痛みが徐々によみがえってきた。
「湯を沸かしてやろう」
月読様は私をひょいと抱えると、歩き出す。木々を抜けると夜空が広がっていたけれど、星はあまり瞬かず、泣きそうな藍色をしていた。
まるでそれは月読様の心を見ているようで、思わず彼にしがみつく。月読様は何も言わず、ただ私を大切に抱えてくれていた。その温かさが泣きたくなるほど優しくて、もうこのまま時が止まったらいいのにと思った。




