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とけちゃうよメルトペンギン  作者: 瀬戸 森羅
10/17

冷たいペンギン

メルトペンギンのいる町編第7話です!

  猫が丸くなった。部屋のヒーターはぐつぐつと唸っているのに、まだ身体がぶるりと震える。

  今日はとても冷える。それは早朝から僕に憂鬱を届けるのに十分な要素だった。2度寝したい…でももう時計の針は僅かな猶予しか僕に示さなかった。

「それじゃあ行ってくるよ」

  母さんと猫のチャスに挨拶して家を出た。

「うわぁ…降ってる降ってる…」

  朝から雪…身体はどんどん冷えていく。もうほんと…勘弁してほしいよ。



  学校につくと、みんなはやっぱり騒いでた。

「今日寒いよー!」

「ほんとだよもう!」

「氷河期がきたんだ!」

「助けてー!先生ー!」

  うるさいな…。

「まったく…お前らうるさいな…そんなに騒いだって寒いのは変わんないよ…」

「でもでも!ほんとに寒いでしょ?!なら声出した方がいいと思って!」

  マーガレット・ネクサス…こいつはうるさいから苦手だ…。

「それを聞かされる身にもなってみろ。お前はいいかもしれないけどこっちは寒い上にイライラするんだ」

  僕ははっきりと彼女に物申した。

「ご……ごめん」

「ふんっ」

  マーガレットはおとなしくなった。

「むむ……ロイ…っ!」

「なんだ?」

  普段あまり喋らないミラ・ジューリスが珍しく声を上げた。

「……むむぅ……」

  だが言葉が思いつかないらしい。怒った顔をしてこっちを睨んでくる。

「な…なんだって言ってるんだ」

「…謝って」

「なにを?謝られはしたけど謝ることはしてないと思うけど」

「……メグを…泣かすな」

「泣いてないだろ?」

  ちらりとマーガレットの方をみると……あ、泣いてた…。普段と違って全く音を立てなかったから気づかなかったな…これはばつが悪い…。

「べ…別に泣かせたわけじゃ…」

「謝れ」

「……ごめん」

「……うん」

  マーガレットはすっかり暗くなってしまった。

「………行こ」

  そんなマーガレットの手を取りミラは教室を出て行った。教室中が気まずい雰囲気に包まれてしまった。

「ロイくんの言い方も悪かったね…」

「どんな理由があろうとレディを泣かせちゃいけねェ…」

「今日寒いね…」

  口々にヒソヒソと周りが話しているのが気になる。僕は悪者か?騒がしい隣人を注意するのはいけないことか?それで少なからず僕のように顔をしかめる者は、声をあげずともいるはずなのに。

「なんだよ…」

  今日は朝から、気分が悪い。



「は~い、みんないるかなぁっと。それじゃ欠席確認しよう。休んでる人手あげて」

  教室は沈黙したままだった。

「うん。あがるわけないんだよね。…みんなこれネタだって気づいた?ねぇ?」

「先生!」

「ん?やっぱり気づいてた?」

「いえ、その話はどうでもいいんですけど、マーガレットさんとミラさんが教室から出てどこかへ…」

「……なにかあったのか?」

  僕はギクリとして変な汗が出てきた。2人がいない原因は僕だ。ノッドは多分先生に報告するだろう。そうしたら僕は…間違いなく叱られる。なんで僕がそんな目にあわなきゃならないんだ。

「…マーガレットさんが大声を出していたのでロイくんに注意を受けたんです。でもロイくんの注意が少し強めだったため泣いてしまって…。ミラさんが教室の外に連れ出してしまいました」

  流石は委員長。僕に100%非があると決めつけない説明をしてくれる。

「なるほど。よし、ロイ。行ってこい」

「え。ちょ、ちょっと待ってくださいよ!僕が行ってもだめでしょ…。それにどこにいるかも知らないし…」

「いいや、お前が行かなきゃダメなんだ。1時間目が始まるまでに連れてこいよ」

「…はい」

  朝のホームルームが終わると僕は2人を探しに行った。

「一体どこだよ…」

  廊下を1往復してみるも見当たらない。女子トイレとかに入られてたらもうアウトなんだけど…。

「ん?」

  そういえば廊下を往復する間に何か気になるものが目に入ったような…。普段の廊下とは何かが違う。この景色には少し違和感が……いや、見落としていたが何故か廊下に雪だるまのようなものがある。しかしこの色、この素材…知ってるぞ。

「ミラ・ジューリス」

「……む」

  やはりそうだ。これはミラが拗ねた時に見せるという雪だるまモード。しかしマーガレットはどこに?

「ちょっと…静かにしてね…」

「どうかしたの?」

「これ…」

  ミラは眠っているマーガレットを抱えていた。

「メグ…寝ちゃったから…」

「もうホームルーム終わっちゃったよ」

「それは…まずい。…連れてこ」

  ミラはマーガレットを抱えたまま立ち上がるとのしのしと教室に向かって歩いていった。

「あ、ミラ…」

「…ん?」

「その…ごめん」

「…いいよ。私たちも…うるさくてごめん」

  …まあ、うるさかったのはマーガレットなんだが…。

「…メグは…自分勝手で騒いでるだけじゃないの…。ロイ…くんは、必要ないとしても…メグの明るさで…元気になれる人も…いる。…私が、そう。……だから…あんまり責めないであげて?」

「わかったよ。ミラがそんなに喋るなんて珍しいし」

「む…バカにした?」

「あーいや、そういうわけじゃなくて。…よっぽど大事なんだなって」

「…うん」

「むにゃ…」

「そろそろ起こした方がいいんじゃない?重くないのか?」

「……重くないよ。女の子なんだから…」

「…まぁ、うん」

「もう少し…時間あるから…」

「ミラがいいならいいんだけど」

  ミラは結局授業が始まる少し前までマーガレットを包んでいた。マーガレット曰くふかふかのマシュマロの中で眠っていたようだったという。


「はい、1時間目、はじまるよ。お、2人とも戻ってるな。どうだ?仲直りできたか?」

「…うん」

「できました」

「大丈夫です!」

「マーガレット、ヨダレついてるぞ」

「ありゃ」

「それにしても今日は寒いな。お前らが騒ぎたくなるっていう気持ちもわかる。うんうん。こんな日は多分…出るぞ…アレが」

「で…出た!先生の…アレ!」

「えー!もしかしてまたくるの?アレが!」

「まあこの寒さだからなぁ。多分どこかに来てるだろ」

「この前のおじさん……会えるかな?」

「あー、そうだな。彼にも伝えておくとするか」

「え、誰ですか?」

「ん、いやいや。あんまり関係の無い話だ」

「じゃあ今日も給食には注意が必要だね!」

「この間の給食の完食率はかなり低かったみたいだからなぁ…」

「そりゃあんな美味しいアイスクリームが食べ放題だったら、食べるに決まってるよ!」

「その意見には先生も賛成だけどな」

「メルトペンギン…くるといいな…」

  寒い日に来るというメルトペンギン。正直に言えば僕はそんな子どもが喜ぶような存在に興味はない。この間みんなが校庭に出て行った時も僕は教室に残った。…寒いし。だから今回もしまた来たとしても僕は外に出る気は無い。


  3時間目が終わる頃。窓際の席にいたケイトが声を上げた。

「あーっ!あれあれ!あれあれあれ!」

「お?その反応はもしかして!」

「やっぱり!メルトペンギンだ!」

  空からちらほらと雪よりも大きな塊が雪のようにゆっくりと落ちてくる。それはペンギンの身体に大きなアイスクリームをくっつけたような姿をしていて、カラフルに空を彩っていた。

「はいはいはい、わかってると思うけど授業が終わるまでは行かせんぞ。黒板に集中!集中!」

「はーい」

  渋々といった様子で黒板に注目が集まるがみんなそわそわとしながら授業が終わるのを待っていた。

  リンゴーン。リンゴーン。

「はい授業おわりっと」

  先生が言い終わると教室を瞬時に抜ける生徒もいた。…そんなにいいものなのか?

「あんまり食いすぎるなよ~」

  先生がそう言うのを聞き終わる前に大半の生徒は出ていってしまった。

「む…ロイ…くん。今日も…行かないの?」

「そうだけど…なんで?」

「さっき…ケンカしちゃったから…一緒…いこ?」

「え…」

  意外だった。ミラがそんなことを言ってくるなんて。これを断るのは流石に良くないと思う。

「わかった。行くよ」

「…良かった。断られてたら…私…」

「…?」

「……もちろんメグも一緒よ。ロイ…くんと、仲良くして欲しいから…」

「あのさ、ロイでいいよ」

「む…」

「ていうか、さっき言ってたし」

「あれは…その…ごめん…」

「いや、別に怒ってるわけじゃないよ。でもやっぱりちょっと意外だった。ミラがあんな風に怒るなんてさ」

「怒ったなんて……!…いや…っ」

  ミラは赤面しながら目を逸らした。表情乏しいイメージだったが今日はやけにミラの感情が豊かに感じられる。いや、知ろうとしてすらいなかったから…かな?

「ミラって、意外とかわいいんだ」

「…はっ?」

  さらに赤面し目を見開くミラ。こんな顔は本当に初めて見た。

「なっ……なにを…言ってんの…?」

「あ、ごめんつい。だってミラって、もっとこう…全部どうでもいいみたいなタイプかと思ってたら、意外とコロコロ顔が変わるからさ」

「それは…ロイ…の方だから。どうでもいいって、いつも思ってる…でしょ?」

「あ、やっぱわかる?」

「わかる…。だって…私だって…メグがいなきゃ…」

  ミラはどこか僕と似てると思ってたけど…そうか。自分を引き出せる誰かと出会えているんだ。

「ねぇ…僕にとってのミラは、ミラにとってのマーガレットに…なってくれるのかな」

「それって…どういう…?」

  自分で言っておいてその意味に気づいた。

「うわぁっ!待って!今のナシ!」

「そうか…多分ロイも…寂しいんだ…」

  そういうとミラは僕の背中をさすってくれた。

「今日は…特別…。仲直りの…シルシ…」

  そのままミラは僕の背中を包み込んだ。まさにマシュマロのような感触の羽毛ジャケットに包まれてじんわりと身体が暖まってくる。

「あ…あの…ミラ…なにやってんの?」

「元気が出る…おまじない。さっきメグにもやってあげたの…」

  そのまま眠ってしまうのも納得の心地良さだ…。

「ねぇロイ…。多分ヒトは…誰かと一緒じゃなきゃだめなの…。朝の時みたいなケンカは…考え方の違いだから…またあるかもしれない。でも、泣くほど文句を言われたら、キライになっちゃうかもしれない…。そんな言葉が出てくるのも…相手を大切に思えてないからだと思う…。誰でも大切にできるような…すごい人は…多分いない。…だけどロイが、私にとってのメグみたいな人を求めるのならば…まずは誰でも…大切にしなきゃいけないと思うの…。じゃないときっと…独りになってしまうから…」

  ミラの鼓動や息遣いが伝わる。ゆっくりと丁寧に僕に向けられる言葉は、これまでに聞いたあらゆる説教よりも僕の心に直接届いた。

「ミラ…わかった。僕はきっと変わってみせる。大切にしたいものを探して」

「ん…エラいぞ…」

  ミラは最後に僕の頭をぽむぽむと撫でると身体を離した。

「えーっと…終わった…カナ?」

  振り返ると、マーガレットがいた。

「なっ!いたのか!」

「3人でメルトペンギンのところに行こうって言われたから。その様子だとすっかり仲直り?」

「…うん。これからはちゃんと友達…だから」

「僕も…キツく当たってごめん。これからはちゃんと人の気持ちを考えて話すよ…」

「おー!エラいよ!」

  マーガレットもわしゃわしゃと僕の髪を撫でた。

「君たち僕のことなんだと思ってんの…」

「んー、なんていうか、もっと冷たいヤツかと思ったら意外と素直だったからさ」

「僕もなんだか意外だったな。…こんな風に接して貰えるって思ってなかったから」

「あ、でもミラちゃんのマシュマロハグは今日だけだからね!」

「恥ずかしいから言わないでよ…」

「ロイから言うなら…してあげようか?」

「からかってる?」

「…どうでしょー」

「あ、そうだ!そうこうしてるうちに休み時間がなくなっちゃうよ!メルトペンギンに会いに行こうよ!」

「そうだった。行くって言ったんだった」

「よし!行こう!」

  僕たちは校庭へでた。


  校庭はそれは悲惨な有り様だった。頭から貪られるペンギンたち。口や服をカラフルに汚した子どもたち。それはまさしくスプラッタのワンシーンかと見紛う程だった。

「なんか…グロくない?」

「私も最初は食べちゃってもいいのかな?って思ったけど…その時丁度先生が来てね」

「いいこと教えてやろう!」

「そうそうこんな感じ…って先生!」

「ロイ。こいつらはな、むしろ食べて欲しいんだ。まあ知能がないとかも言われてるけど…それならそれで心配はないしな。それに生き物とはまた違う。ウィンウィンだろ?」

「エゴだよ、それは…」

「いいや、足許を見てみろ」

  そこにはメルトペンギンが数匹くっついてきていた。

「こいつらはな、何故か人懐っこくてな。食べようとしても逃げないし、食べてしまっても踊ってるんだ。それにどちらにせよ溶けてしまうんだ。食べてやるのが礼儀ってもんじゃないか?」

「た…確かに…もったいないけどさ…」

「はい…あーん…」

「ちょ、え!何してんの!?」

 ミラがメルトペンギンを僕の口に運ぼうとしていた。

「迷ったら…食ってみろ…って」

「じ…自分で食べるって!」

  僕はミラからメルトペンギンを受け取った。つぶらな瞳でこちらを見ているのはピンク色のメルトペンギンだ。

「う…」

「食べちゃえっ!」

「そうだぞ!」

「……いけ」

「ご…ごめんっ!」

  僕はメルトペンギンの頭をシャクリとかじった。猛烈な甘みと爽快感、弾けるような果汁の旨みに、喉を駆けるひんやりとした冷気が僕の脳髄を刺激する。

「こ…こんなアイスクリームがあるなんて…!」

  気がつけば僕は二口目、三口目とメルトペンギンを頬張り、やがて全て口の中に入れてしまった。

「い~い食べっぷりだ!一皮むけたかな?ロイ!」

「美味しいでしょ!」

「…みんながこんなにもがっつく理由、よくわかったよ」

「ね…決めつけてたら…ロイはこんなに美味しいメルトペンギンを知らずに…オトナになってたんだよ?」

「た…確かに…」

「それって…とっても…もったいないね」

「……わかったよ!僕はもうどうでもいいなんて言わない!そのかわり…ミラも…その…たまには話し相手になってよ」

「…うん…いつでも話…聞くから」

「もちろん私もね!」

「はっはっ!青春だね!」

「とりあえず、色んな味を食べる!」

「あ、ロイくん!食べ過ぎはダメだから気をつけてねっ!」

「…聞いてなさそう…」

  僕はたくさんのメルトペンギンを食べ比べた。チョコミント味が美味しかった。


  そして、その時はやってきたのだった。

「う…うぅう…」

  僕は暖かい食事の載ったプレートを前に苦悶の表情を浮かべていた。

「忠告は…したからね…」

「えっへへ…やっぱり…そうなったねぇ…」

「いや…マーガレットもかよ…」

「そりゃああんな美味しいアイスクリームがあったらこうなることがわかってても食べるでしょうよっ!」

「私は…ほどほどにしたよ…」

「流石ミラちゃんは賢いなぁ」

「ふんす…」

「あ、今日は完食率上げたいから…残すなよ?」

「なんか、こんな日に限って先生が圧かけてきてるんだけど…」

「よし!食べよう!」

「今日の献立はビーフシチュー…。なんでいつもより重いんだよ…」

「前回は…カレーライスだった…」

「それに油っぽ~い唐揚げもたくさんあったね。でも今回は大丈夫!見た感じそんなに重そうじゃないし!」

「マーガレット…知らないのか…」

「え?」

「ビーフシチューの横にあるそれ…」

「えっと…パンだよね?シチューと一緒なら無限に食べられるよ」

「それが傲慢だというのだ!!」

「ひっ!」

「そこにあるパンの数をみるんだ」

「えーっと…5個だよね?」

「それは小麦粉の塊なんだ。そしてビーフシチューもいわば小麦粉のプール…。当然喉も乾く。しかしさっき水分を摂りすぎた僕たちは…」

「ジ・エンドってわけね…」

「給食…なんでこんな多いんだろ…」

「とはいえ食べきらないと先生があの調子だから…」

「周りを見てよ。多分結構残すよ」

「いや!僕はこういうところから大切にするって決めた!」

「なんか変に目覚めさせちゃった?」

「そうかも…」

「ほら!2人も食べるんだよ!」

「もにゅもにゅ…」

「美味しいね」

「あれ?マーガレット、意外と大丈夫なの?」

「言ったじゃん。無限に食べられるよ」

  どうやらマーガレットは平気そうだ。これは負けていられない…!僕はがっとパンを掴み引きちぎり、ビーフシチューへ挑んだ。


「もう…だめ…」

  その声を上げたのはマーガレットだった。

「なんなのこれ!水分全部もっていかれる!その上お腹がたぷたぷで水が飲めないよう~!」

「さっき僕が言った通りじゃないか…」

「そういうロイくんだって!……はれれ?」

  マーガレットは空になった僕のプレートを見て目を丸くした。

「残念だったね。僕は水分が重要だとわかってたからしっかりパンとシチューを組み合わせて流し込んだよ」

「先に教えてよ~!」

「大体教えたようなもんだと思ったけど…」

「ね、お願い…手伝って?」

「いや…でも…」

「お願い…」

「……しょうがないな。ちょっとだけだよ」

「やったー!」

「もにゅもにゅ…がんばれ…」

  マーガレットは半分も食べていなかった。一方僕は自分の分は全て食べているのにさらに食べなくてはいけない。なんだこの拷問は…。あと…これ…。

「…マーガレット…」

「ん?」

「"ひたパン"したのあんまり食べたくないんだけど…」

「えへへ…いけると思って…」

  パンがビーフシチューを吸いぶよぶよの塊になっている。そんな状態で食い散らかしてあるわけだから…なんか…こう…汚いんだ…。

「悪いけど…ちょっとこれは…」

「食べてくれるって言ったじゃんー!」

「こんな食べかけと思わないから!」

「よしわかった!じゃんけんだ!じゃんけんで決めよう!」

「やだよ!僕にメリットないもん!」

「うぅ~じゃあ…じゃあ~…マシュマロハグ!ロイくん好きでしょ~?」

「だからもう!それはいいって!」

「むむ…」

「あ、ごめんねミラちゃん…勝手に使っちゃって…」

「…この服…使う?」

「私がやるの!?」

「もし負けたなら…それくらいは…」

「た…確かに…。うぅ~それくらいのリスクは負うべきだもんね…!よし!それでいこう!」

「いやいや!別にして欲しいわけじゃないし!」

「なんでさ!マシュマロハグだよ?」

「そんな一般的みたいに言われてもよくわかんないし…」

「さっき体験したでしょ?」

「ぐ…」

「どう?」

「…わかった!やるよ!」

「そうこなくっちゃ!」

「いくよっ!」

「じゃんけんっ!」

「ぽん!」

  その手が示す未来は…。

「やった!」

「うぇっ!負けちゃった!?泣きっ面に蜂だよ~!」

「……じゃあ…脱ぐよ…?」

「あっ!待って!待って待って!給食食べ終わってからにしようよ!ね!」

「む…確かに…。長い時間の方が…いいもんね…」

  ミラは少しにやついていた。…意地悪だな…。

「あ~!もう時間もあんまりないし!食べ切れるかなぁ?」

  焦りつつ食べるマーガレットを見ているとなんだか少し可哀想になってきた。

「仕方ない…手伝おうか?」

「ほっほんと!?」

「ちょっとだけね」

  僕は容器の半分程のビーフシチューひたパンをこちらの容器に移した。正直僕も辛いんだけどね…。色んな意味で…。

「ありがとうロイくん!これで頑張れるよ!ようし!じゃあラストスパート!いっくよー!」

「もにゅもにゅ…」

  僕たちは力を合わせて給食を食べ切る事に成功した。今日の完食率はそのおかげか前回よりも上がったらしい。余談だが、僕らが必死に攻防していた際にも給食を食べていたはずのミラは残したという。


「いやあ、なんとかなりましたねぇ~」

「…うん」

「いや、ミラはなってないんだけど…」

「細かいことは言っちゃダメだよ!だって食べ切れない子はそりゃいるからね!」

「先生も…別に怒ってるわけじゃなかった…」

「それならまぁ…いいのかな」

「そうそう!」

「そういえば……メグ…忘れてること…あるんじゃない?」

「え…っ!な、なに?」

「じーっ…」

「えーっと…」

「じーーっ…」

「マ…マシュマロ…ハグ…です…っ!」

「……せいかい」

「えっほんとにやるの?」

「言ったからには…絶対…」

「恥ずかしいけど…やろう」

「いや、もういいんだけど…」

「私にも包容力があることを見せてあげる!」

「じゃあ…脱ぐ…よ」

  ミラがマシュマロ羽毛ジャケットを脱いだ。……何枚着てるんだこの子…その下もまだ同じようなジャケットだ…。

「はい…。着て…」

「うわぁ~あったか~い!」

「じゃあ…どうぞ…」

「まって!まだほら…準備が…」

「む…はやくやった方が…楽かも…?」

「そうなんだけど…」

「えっと…どうしたらいい?」

「じゃあ…目…閉じてくれない…?」

「う…うん」

  もじもじと赤面するマーガレットを瞳に閉じ込めた。

「いくよ…」

  もっちりとしたジャケット生地の感触が僕の身体を前方から包んでいく。

「ど…どう?」

  …正直ミラのマシュマロハグには遠く及ばない。重厚感というか…質量的なものもそうだが、何か…雰囲気のようなものや香りなどもミラは全てが心地良かった。

「うーん…」

「…だめ?」

「……いいと思うよ」

「やったー!」

「良かったね…メグ」

「うん!私もお母さんだ!」

「ねぇ…どっちの方が…よかった…?」

「ちょっとミラちゃん!それ聞いちゃう!?」

「そ…それは…」

「ふんすふんす…」

「ちらっ…」

  2人が僕に注目する。可哀想だけどこれは圧倒的にミラに軍配が上がる。しかしそれをダイレクトに伝えては勇気を出したマーガレットに悪い…。

「ひ…引き分けっ!」

  そう言って僕は走り出した。

「えっちょっ!ずるいっ!」

「正直に言わなきゃ…だめ…」

  2人が追いかけてきた。それでも僕は走った。笑いながら走った。冷えきった毎日の中に、こんなにも暖かかった日が今まであっただろうか?僕はこの日を境に変わった。絆を大切に思う気持ち、未知のものに対する好奇心。冷たかった心に差し込んだ木漏れ日は長く凍りついていた僕の時間を動かし、新しい朝の始まりを告げるのだった。

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