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7 不思議な公爵家へ(2)



「お茶でもとお誘いしたのに……。

申し訳ありません……」


私とチーシャはフィーシュ公爵邸の応接室と思われる場所に通された。

軽く見渡すと掃除が行き届いていない事がわかる。

部屋の隅に埃がたまっていたり、花瓶の花が萎れたままだった。

しかし人の気配は複数するので使用人らしき人物はいるようだ。


「いいや。構わない。

それよりも話を聞かせてくれ」


「あぁ先ほどお渡しいただいたのは王城からの呼び出し状なのです。

1時間後には王城についていなければならず……」


「それじゃぁ急がないとだな」


「…………しかし……」


言い淀むこの男はタレ目のせいか憂いを帯びているように見えてしまう。

こどもに引っ張られた後なのかネクタイが歪んでいることもそれを助長させている。


「あぁこの子はサールン。

そして私はトゥーニャ・フィーシュです。公爵位を承っております」


「私は有栖川牡丹だ。こちらはチーシャ」


「アリス・ガワ・ボタン様?」


「あぁ言いにくいらしいな。

アリスでもボタンでも好きに呼んでくれていい」


「ではアリス様。

実はこの子の母親、私の妻……は……。

産後の肥立が悪く……この子を産んで……先立ってしまったのです……」


「そうか。それは……」


涙を堪えながら言うトゥーニャは先ほどの憂いがさらに増し、悲壮感漂う雰囲気になってきた。

確かに妻を亡くしたのは辛かっただろう。


「しかし……この子は少しの物音や話し声で泣いたりぐずったり……。

妻の忘れ形見ですから……私が……責任持って……」


私の腕の中にいるサールンを見ると私の隣からチーシャが、ふっくらとしたほっぺをツンツンとつついている。

それにムズムズと反応しチーシャの指を握った。

チーシャが驚いて私を見るので軽く頷いてやると嬉しそうに尻尾でお腹をトントンと叩き始めた。

それが気持ちいいのか寝ながらもニコニコとし始める。


「こんなに穏やかに……眠って……。

こんなサールンは初めて見ました」


「あのな?

まず赤子も幼児もぐずるのも泣くのも仕事のうちだ。

生活音や人の話し声を聞いて成長する。

特に人の話し声で言葉を覚えたりするもんだ」


「…………僕は……僕は……」


そう言って遂に泣き始めたトゥーニャの頭を身を乗り出してサラサラと撫でてやる。


「父親失格とか言うなよ?

サールンの父親はお前しかいないんだからな。

それにお前は1人でよくやったよ」


私の言葉に涙腺が決壊し、号泣しはじめるトゥーニャ。

大の男の本気泣きに少し引きながらも頭を撫で続けてやった。

ちなみにチーシャはドン引きだ。


「……ずびばぜん…………」


「いやいい。それで?

王城にいくんだろ?」


「はい……あの……不躾なお願いだと重々承知の上なのですが……。

私が留守の間この家をお願いできないでしょうか?

もちろんお礼はしっかりとさせたいただきます!」


私はその言葉に内心ニヤリと笑った。

しかしそんな事をお首にも出さずに答える。


「あぁもちろん。任せろ。

しかし大丈夫か? もう15分も経つが」


「あぁ……不味い! もう出なければ!」


「いいぞ。任せろ。行け」


「はいっ! 申し訳ありませんがよろしくお願いします」


バタバタと部屋を出ていくトゥーニャを見送る。


「いいんっすか? お嬢」


「いいも何も……チーシャ仕事の時間だ」


私はそう言ってニヤリと笑った。

隣に座るチーシャが尻尾の毛をぶるりと逆立てたのは気づかないふりをした。


私はすぐに扉に向かって声をかける。


「入れ」


私の言葉にロマンスグレーの執事服を着た男が入ってくる。

喫煙所で出会ったゼミキールよりも年齢は上だが負けず劣らずイケオジだ。


「お話はお伺いしました。

この家の執事を務めますムールでございます。

なんなりとお申し付けくださいませ。当主代理」


「さすが公爵家の執事だ。話が早い」


「お褒めいただき恐縮です」


織り目正しく礼をするムールに問う。


「まずは使用人事情を確認したい」


私の言葉にすぐにムールは全使用人を集めると言い部屋を出る。

準備ができれば呼びに来るとのことだ。


「あのーお嬢? 何をするんっすか?」


「そんなもの一つだ。指導だ」


私の仕事はハウスキーパーのコンサルタントだ。

簡単に言えばハウスキーパーを管理、統括、そしてマネジメントを一手に引き受けていた。

業務改善や、効率のいい仕事の仕方をアドバイスしていた。

しかし本当になりたかったのは幼稚園教諭だった。

『笑顔が……』という理由で全く採用されなかったが……。

元々、実家の大きい屋敷を管理したり若い衆を使っていた事が興じて今の仕事に就いた。


「アリス様。集まりました」


ムールの言葉にサールンを抱き上げ立ち上がる。


「さぁ腕がなるぜ」


私のその姿を見てチーシャが小声で

「ほどほどに……」と言ったのは無視することにした。



屋敷の大広間に集められた使用人を見る。

ムールにまずこの中で乳母の経験があるものを前に出るように伝える。

すると優しそうな、ふくよかな女性が前に歩み出る。

私の前まで来てサールンを覗き込む。


「あぁやっとお顔が見られました……。なんて可愛い」


そう言ってサールンの頬をそっと撫でた。


「任せてもいいか?」


「もちろんでございます」


その返事に私はサールンを預ける。

乳母とサールンは大広間を出て、サールンの部屋に向かった。

それを確認して私は声を張り上げる。


「さぁ諸君。

この度、数時間だがこの屋敷を預かることになったアリスだ。よろしく頼む。」


私の言葉にその場にいた全員がごくりと息を飲んだ音がした。



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