6 不思議な公爵邸へ
「ふむふむ。まぁ想定内でしょう」
森の端っことチーシャが言っていた場所に到着すると、私を放置したウサ耳イケメンが懐中時計を片手に待っていた。
「おい。お前。名前を言え。
そして私を放置した理由となぜここに連れてきたか答えろ」
ウサ耳イケメンを見つけた途端、ダッシュで奴に近寄り私は喉元に木刀を突きつけて言った。
「私の名前はビアール。主人の言いつけです」
「それではその主人の元に連れて行け」
「今は無理です。とりあえずこちらを」
ウサ耳イケメンもといビアールが差し出したのは、真っ赤な封筒にハートの封蝋がされた物だった。
「なんだこれは」
「こちらはフィーシュ公爵宛の呼び出し状です。
こちらをフィーシュ公爵にお渡しください」
「なぜ私がそんなことを」
「主人にできるだけ早くお会いしていただくためです」
ビアールは再び懐中時計時計を見る。
「あぁもうこんな時間。私は行かなければなりません。
それでは」
そう言った次の瞬間には、もうビアールの姿は消えていた。
「…………チーシャ」
「はいっす……お嬢……」
「ビアールをしばくぞ」
「…………あの……それは……っすね……まぁそれでいいと思うんすけど……」
「お前はビアールの差金か?」
「違うっす! それはマジで違うっす!
俺はマジで可愛いお姉さんをナンパしたかっただけっす」
「ならいい」
私は大きく息を吐き呼吸を整えた。
「行くぞ。チーシャ」
「分かったっす。でもこの扉……どうするっすか?」
そうだ。この森の端には大きな扉がありノブははるか彼方の高さに見える。
2人で大きな扉を見上げているとチーシャの耳がピクピクと動き尻尾が私の腕にサワサワと触れた。
「あれ? お嬢いいもん持ってるっすね」
「なんだ? なんのことだ?」
「お嬢『大ポーション』持ってないっすか?」
そう言われてはたと気づく。
最初の部屋で『大』と書かれた小瓶をポケットに入れていた。
私はポケットをゴソゴソと探って小瓶を取り出す。
「これのことか?」
「そうっすこれっす!
これがあればあそこに手が届くっす」
「しかし一本しかないぞ」
私はちゃぷちゃぷと音を立てながら瓶をふる。
それに顔を近づけて、目で追うチーシャはそのまんま猫にしか見えない。
「大丈夫っす! これなら半分こでちょうどっす。
まずは俺から飲むっす」
そう言ってちょうど半分チーシャが液体を飲む。
するとぐんぐんとチーシャが大きくなる。
私はそれを途中まで見て瓶を口にする。
すると私の身体もぐんぐんと大きくなる感覚を覚え、クラクラしてしまう。
そして先ほどと同じようにクラクラするのが落ち着いたあと深呼吸をする。
「おっえ! まっず!
おいチーシャこの味どうにかならんのか!」
「うっ……おえっ……これは……こういうもんっす」
チーシャもオエオエとえずきながら答える。
2人ともなんとか落ち着いた後、二人で大きく深呼吸して私は扉を蹴破った。
「…………お嬢……なんで蹴ったっすか?」
「ノブに仕掛けがあったら危ないだろう?」
「いや……そんなもんないっす……」
「そうなのか。じゃぁこれからは手で開ける」
「そうして欲しいっす」
「それじゃフィーシュ公爵ってとこ行くか」
「それならこっちっす」
またチーシャと2人で足を進め始める。
先ほどの鬱蒼とした真っ暗な森と打って変わって、今度は小麦畑が広がる平野に一本道が繋がっている。
「一応確認しておくが……この小麦畑に入ったらどうなるんだ?」
「この小麦畑は『踊りの小麦畑』っす。
足を踏み入れたらダンスのステップを踏まされて、永遠に先に進まなくなるっす」
「…………分かった……気をつけよう」
「頼むっす。
俺もお嬢助けるためにダンスをするのは勘弁っすから」
私はチーシャの言葉にしっかりと頷き、道を踏み外さないように進んで行く。
すると目の前には大きな少し寂れた屋敷があった。
「お嬢。ここっすよ。ここ」
「そうか。とりあえず入ろう」
入り口の柵が壊れていたので気にせずズンズンと敷地内を歩く。
チーシャは恐る恐る私のシャツを掴みながら歩いていく。
「チーシャ、怖いんだったら外で待て」
「いや大丈夫っす。俺、お嬢についていくっす」
「まぁ無理そうなら早く言えよ」
「あざっす」
2人でしばらく歩くと屋敷の入り口に到着する。
ノッカーを叩いて呼び出しをするが、中々人は出てこない。
「おい! 誰かいないのか!
呼び出し状とやらを持ってきたぞ!」
扉に向かって叫び先ほどよりも強めにノッカーを叩く。
すると焦ったように1人の気弱そうな男性が幼児を抱えてやってきた。
「あの……お願いですから……静かに……やっと寝たんです……」
「あぁすまない。しかしこれを渡すように頼まれたんでな」
私が真っ赤な封筒を取り出すと男は真っ青な顔をして受け取った。
幼児を抱えているからか、焦りからか、上手く封筒が開けられないようだった。
「子供を貸せ。抱いておいてやる」
「いえ……しかし……この子……すぐ泣くんで……」
「何を言っている?
子供は泣くのが仕事だ。当たり前だろう」
男はポカーンとした顔をしているだけで、中々子供を手渡そうとしない。
私は男の腕にそっと自身の腕を差し入れて子供を受け取る。
一瞬子供が驚いたように起きたが、私が子供に向かってニコリと微笑めば安心したかのように眠り始めた。
「起きたのに泣かない……」
「それはどうでもいいから早くそれを読め」
私が顎で封筒を指すと男は焦ったように封筒を開けて中身を確認している。
若干、気弱そうではあるがとても優しそうな雰囲気をこの男から感じる。
垂れた目元のせいだろうか。
水色の長い髪を後ろで一つに纏めて、青いセットアップのスーツに紺色のシャツそして黒のネクタイは子供に引っ張られたのか少し寄れている。
「はわわわわわわ。どうしようどうしよう」
「なんだ? どうしたんだ?」
「あぁ。とりあえず中にお入りください。お茶でも……」
まぁこの人たちの事情も気になる。そしてこの国の話も聞きたいしという事でお邪魔することにした。
チーシャは私の肩越しに幼児を見ていたので、そのまま連れて屋敷の中にお邪魔することにした。