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10 不思議な公爵邸へ(5)



「ただいま戻りました」


トゥーニャが帰宅して、私とチーシャは先に食事をいただくことになった。


「すみません。お任せして……。

それにしてもなんか雰囲気が……」


食事の席につきトゥーニャがそう話し出すのを後ろに控えるムールは嬉しそうに顔を緩める。

トゥーニャの隣にはサールンが座り、乳母に面倒を見てもらいながら子供用の食事を食べさせられている。


「サールンもこんなにきちんと食事の席につけたんですね……」


嬉しそうにサールンを見て微笑むトゥーニャに乳母も微笑みを返す。

サールンは黙々と、こぼしながらでも自らスプーンを持って食事を取っている。


「サールンも構われすぎると食べたくなくなる。

大人でもそうだろう? 自分のペースがあるんだ」


「そうっすね。

合コンとかでも、あれやこれや取り分けられるのも最初は嬉しいっすけど、自分で選んで食べたい時もあるっす」


チーシャの例えにまぁ分からなくもないという表情をするトゥーニャ。


「これが子供の自主性だ。そして成長だ。

それを楽しめるのも親の特権だろ?」


「そうですね」


私の言葉に納得してサールンに優し笑みを送るトゥーニャ。

食堂の空気が和む。


「こんなに食事を楽しいと思ったのは久しぶりだ……」


食事の後サールンを寝かせに乳母が部屋に向かう。

私たちは応接室に向かい今日の話をすることになった。

ムールも交えて使用人代表として話をしてくれる。

私たちは食後のお茶を飲みながら話しを始める。


「それじゃあまずムールから使用人についての今後の行動指針を話してもらう」


「お任せください。それでは旦那様よろしいですか?」


神妙な面持ちでムールから今後どのようにして使用人が動くか、そして皆がサールンの成長を見守っている事を伝える。

すでに涙を浮かべているトゥーニャ。

少々涙もろすぎやしないか……。


「乳母との連携もしっかり取れば、トゥーニャは仕事の時間もしっかり取れる。

トゥーニャはもっと周りを信用し頼るようになれ」


「はい。そうですね……。

サールンを守ることに必死になりすぎて、彼の成長を妨げていたことに気づきませんでした」


「今気づいたんだ。まだ間に合う。

そうだな。私の昔話をしてやろう」


私は母の顔をもう覚えていない。

母は外国の人だったらしく、この色素の薄い髪も目も母親譲りらしい。

父は子育てなどできるような人ではなく、頼れる親族も近くにいない。

けれど屋敷には組のものがいた。

私は組全体で育てられたと言っても過言ではない。

友達も恋人もいなかったが寂しいと思った事はない。

怒られたのも。褒められたのも。嬉しかったのも。悲しかったのも。

その瞬間を思い出す時には色んな顔が浮かぶ。

もちろん父の顔も……。


私の話を聞いて涙をポロポロとこぼすトゥーニャ。

隣のチーシャは無言で私を見つめているが尻尾で私の腕を慰めるようにさする。


「私は自分を恥じてはいない。

彼らの思いに答えられる人生を送りたいと思っている。

私の人生に彼らはたくさんの影響を与えてくれた。

それは父だけでは成し遂げられなかったと思う。

だからトゥーニャも胸を張ってみんなを頼れ。

トゥーニャもまだ父親として3年目だ。

1人で父親になれるわけじゃない」


「…………そうですね」


「そうです。旦那様。私は孫もおります。

乳母だって子供がいるから乳母なんです。

もちろんまだ結婚をしていない者もおりますが、私はあなたの父親としての先輩ですよ?

坊ちゃん。あなたは私が育てたと言ってもおかしくないのです」


そう言うムールにハンカチを渡されて涙を拭く。

ムールの背がそっとトゥーニャに触れる。


「そうだな。ムール。これからはよろしく頼む」


「お任せください」


そう笑い合う2人は今まで見てきた中で1番晴れやかな顔をしていた。


私とチーシャは、今日はフィーシュ公爵邸に泊まらせてもらうことにした。

そういえばと思いチーシャに声をかける。


「なぁチーシャ?」


「なんすか? お嬢?」


「今日1日ずっと歩いてたと思うのだが……。

私がチーシャとあってどのくらい経つんだ?

私が穴に落ちたのは昼過ぎだったはずなんだ」


「森は丸々2日くらい歩いてたっす。

今日でお嬢と会って3日目? 4日目?

そんなもんっす」


「はっ?」


「そんな驚くことっすか?」


「そんなに寝ずに歩けないだろう?」


私とチーシャの齟齬がえぐい。

私の頭は混乱し始める。


「待て。まずは1日は何時間だ?」


「24時間っす」


「私たちは48時間近く歩いていたのか?」


「そうっすね。そんで今日1日ここでお嬢は色々してたっす。

だから会って3日目っすね!」


爽やかに答えるチーシャに私の頭はますます混乱する。

特に疲れも眠くもない。

3日徹夜で歩き続けて、更に仕事もこなしたとなればこんな状態なはずはない。


「おかしい……」


「全然おかしくないっすよ。

この屋敷は子供がいるから夜は静かにしてるっすけど、みんな普通に活動してるっすよ」


「じゃぁいつ寝るんだ?」


「眠くなったらっす。

でも次いつ寝れる場所に行けるかわかんないっすから。

お嬢は寝ておいた方がいいと思うっす」


チーシャの言葉にとりあえず頷き、私は手伝おうとするメイドを断り風呂の湯だけ張ってもらって風呂に浸かる。

風呂にゆっくり浸かればなんとなく疲れがあることに気づく。

この世界はどうやら体力がバグるみたいだな。

大雑把に納得して私はベッドに入り眠ることにした。




次の日、サールンとトゥーニャ、そして使用人達と別れを告げ私たちはまた小麦畑の中を歩く。


「結局この後どうすればいいんだ?」


私の言葉にチーシャが「あっ!」と言って指を指す。

その方向をみればピクピクと動く白いウサ耳が見えた。



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